ホーム 『モルテン食いたりないよね^q^』田辺青蛙 第4回 ドバイ→ローマ→ヴェニスへ Page 1



第4回:やっとヴェニスに着きました


家を出た時から換算するとほぼ、一日掛かりでヴェニスに着いた。

日はやや傾きかけていたけれど、まだまだ蒸し暑く空港の外の芝生では何故か寝転んでいる人達が大勢いた。青臭い刈ったばかりの草と潮の混ざったにおいが鼻に届く。

空港の芝生で寝転ぶ人々
空港の芝生で寝転ぶ人々


「やっと着いたね」丸まった背を伸ばしてから、夫の方を見ると、まだ空港の外に出て5分と経っていないのに滝のような汗が顔や首から流れ落ちていた。

ポロシャツもべったりと体に張り付いている。

早く涼しくて、体を休める場所に移動せねばと思い夫を急かした。

「で、こっからどこ行くの? 船に乗るんだよね?」

夫はうなずきポケットからiphoneとポケットWifiを取り出した。

「船はどうやら、この通路の先みたいだね」

夫が指さす先には、アクリル製の屋根のついた長い、長い道が続いていた。

ながーい通路
ながーい通路

「こっから遠いのかな?」

「さあ? 初めての場所だからわかんないよ。夕方だし、日が暮れる前に着きたいから急ごう」


ガラガラと2人で荷物を引きずりながら、歩けど、歩けど海は見えて来なかった。

そろそろ引き返そうかなと思った時に、まるで気持ちを読んだかのごとく看板が出現し、この先に船着場があると書かれていた。

船着場の案内表記
船着場の案内表記

「この道で合っていたみたいだね、何かずっと表示がなくって似たような道を進んでいると不安になるよね」

夫は最初から、この道が正解と思っていたのか特に返事もなく先を歩いて行った。

今思えば、これが最初の前触れだったのだけれど、その時の私は夫の不調に全く気が付いていなかった。

看板のあった場所から10分程歩くと視界が開け、海が見えた。

キラキラと光り輝く水面を横目に汗だくになりながらやっと辿り着いた水上バス&タクシー乗り場には、10名程の人が桟橋の上で船を待っていた。

船を待つ人々。英語を話す人は3割程
船を待つ人々。英語を話す人は3割程

チケット売り場の前に立ち、サンマルコ広場まで行きたいんだけどと伝えると、チケット代金は15ユーロだった。

船は1時間間隔で運行しているらしい。目的地までに掛かる時間は、70分程だということだった。


空港から周辺の島やサンマルコ広場を結ぶ船のチケットの価格やスケジュール等は、アリラグーナ社のサイトで確認出来ると帰国後に知ったので、これから行く予定の方は事前にチェックして行くと良いかも知れない。


「水の都は湾から入れっていうからかな、空港から結構離れているのに人が増えて来たね」

船着き場は水に浮いているので、夫は片手に荷物を持ってバランスを取りながらそう言い、経路図を眺めていた。

辺りを見回すと、いつの間にか人が増えていた。

空港近くで芝生の上で寝転んでいた人々は、もしかすると船が来るまでの待ち時間をああやって潰していたのかもしれない。

路線は幾つかあり、それぞれ巡る島やルートや所要時間が異なるようだった。 

「船、もうすぐ来るかなあ?」

「さあ、国によって時間表があてになったり、ならなかったりするから分からないよ。時刻通りにやってくるなら、あと15分程かな」

「そうかあ」

海の上に浮かぶ船着き場にいるというのに、磯臭さは感じられず、海風も殆ど無かった。

船着き場の揺れのせいか、疲れが急に押し寄せてきて頭がぼんやりしてきた。

もちろん、暑さと湿気のせいもあったのかも知れない。

そんな私の所に、レイバンのサングラスをかけたおじさんが声をかけて来た。

アロハシャツをラフに着こなした怪しげな身なりに警戒をしめし、手に持っていた荷物をぎゅっと強く握り絞めた。

「どこに行きたいの? 水上タクシーなら今すぐ出るけどどう?」

男は水上タクシーの運転手だったようで、値段は120ユーロでどうだということだった。

私は既にヴァポレット(水上バス)のチケットを買ってしまったことを告げると、男はがっかりしたという意思表示なのか肩をすくめる動作をして、別の人に声を掛け始めた。

20分程すると、ヴァポレットが遅れているせいもあってか、チケットを払い戻して水上タクシーにしたいと言って彼の船に乗ることを同意する人が出て来た。

15ユーロから、120ユーロとは値段がかなり違うので、驚いてしまったが、オペラに遅れてしまうので急いでくれというような事を水上タクシーの運転手に言っていたので、合点がいった。

夫は船着き場の揺れと暑さのせいか、少し顔色が悪く口数も少なかった。

まだ旅の最初の目的地にさえついていないのに、体調を崩すことだけは避けたかったが、私もあまり他人を構える状況じゃなかったので、特に何も出来なかった。

予定の時刻より、30分程遅れてヴァポレットがやって来たので、荷物を海に落とさないように注意して運びながら船に乗り込んだ。

席は自由なようで、私は窓辺の席に座った。

船の中
船の中

船の窓から
船の窓から

しゅっぱ~つ
しゅっぱ~つ

出発すると海風が窓から入り込んで顔に当たり涼しくて心地よかった。

風のおかげか、気分もさっきよりは持ち直し夫の顔色も良くなったように見えた。

しばらくすると島が見えて来て、廃墟のような建物ばかりの場所もあれば、豪華絢爛なキンピカホテルの立ち並ぶ島もあった。

船のドックがあり、修理を待つ沢山の船が並ぶ島もあり、色取り取りのペンキに塗られた建物の立ち並ぶ島もあった。

人口が減っているらしく廃墟も多い、窓ガラスが割れたままになった建物
人口が減っているらしく廃墟も多い、窓ガラスが割れたままになった建物

絵画のような景色
絵画のような景色

初めて目にする水上都市の珍しさに、少しでも多くを記録に残してやろうとハシャギながら、窓からカメラを向けて撮影していると、ビシャっと海水をかけられてしまった。

本当に突然の事で、目を白黒させていると犯人は側を猛スピードで通り過ぎていったモーターボートということが直ぐに判明した。

すれ違う船の起こす波飛沫が窓からバシャバシャ入ってきます
すれ違う船の起こす波飛沫が窓からバシャバシャ入ってきます

モーターボートで島へ向かう人
モーターボートで島へ向かう人

船の中を見渡すと私と同じサイドに座っていた窓際の乗客は皆、海水を浴びてしまったようでタオルで髪や顔や荷物を拭いていた。

幸いカメラは無事だったが、時々こういうヴァポレットの横を水しぶきを上げながら通り過ぎて行く船がいるので、こんな目にはもう二度と会いたくないという人は窓を閉めてしまっていた。

私も窓をピシャリと閉めたが、やっぱり風を感じないと船の中が蒸し暑く感じてしまったことと、写真を撮りたかったので5分も経たないうちに再び開けてしまった。

濡れたTシャツは直ぐに乾き、白い小さな塩の結晶だけが残った。

日はゆっくりと沈み、海はキラキラと輝いている。

薄淡い夕焼けが辺りを包み、外を見ているだけで飽きない。

途中、サングラスをかけた白と黒の服に身を包んだシスターとひつぎを乗せたボートとすれ違った。

サングラスの決まったシスターと棺を乗せた船はどこに行くのだろうと、目で追っていると、特に建物の見当たらない壁に囲まれた島に向かっているようだった。

熱心に船を見る視線に気が付いたのか、夫があそこはサン・ミケーレ島という場所で、通常墓場島と呼ばれていると教えてくれた。

墓場島は教会と墓地しかない島で、18世紀頃に衛生上の問題で墓地が隔離されたために出来た場所らしい。

墓所しかない場所というのは、どんな風景が広がっているのだろうと夫に問いかけてみると、あの場所に止まるヴァポレットもあるので興味があれば行ってみるといいということだった。

墓場島を通り過ぎると、人通りと建物の多い島が見えてきた。

硝子で有名なムラーノ島を通り過ぎ、建物の影に日が落ちて行く。

ふと、時計を見るともう船に乗ってから一時間が経とうとしていた。

あと10分程で目的地の船着き場につくのだが、その前に桃色の巨人の姿が目に入った。

あれは何だろうと思ったが、特に周りに説明を示すものもなく、夫に訊いてみたものの結局分からず仕舞いだった。

桃色の巨人
桃色の巨人

ヴェニスが見えてきた
ヴェニスが見えてきた

ゴンドラやサンマルコ寺院の姿が見えると、目的地にやって来たんだぞという気持ちが、高まり、船着き場でヴァポレットが止まった。

私と夫は石畳の道に降り立つと、まずは大きく背伸びをした。

鞄からガイドブックを取り出し、宿の印のついた地図を取り出しまだ船の上で揺られているような感覚のまま、ふらふらと歩き出しサンマルコ寺院から徒歩3~4分の場所にあるホテルに辿り着くことが出来た。

何故かフロントで保障としてパスポートを預かりたいと言われたので、私は言われるままに手渡し、それと引き換えにてのひらからはみ出す程の大きな古い鍵を貰った。

私達の部屋は宿の二階にあり、エレベーターはギシギシと不穏な音を立てながら昇っていった。

目的の部屋を見つけ出し、大きな鍵を鍵穴に差し込んでみたが扉は開かなかった。

早速クレームをフロントに伝えると、ここのドアはコツがあるんだよと言って、扉に体を密着させてから、斜めに鍵を鍵穴に突っ込みガチャガチャと動かした後、鍵と鍵穴が噛みあう音がしてやっと扉は開いた。

「ね、分かった?」と言って、ホテルの支配人は立ち去っていったが、毎回あの開け方を再現できる気がしなかった。

だけど、私達は部屋に入りベッドを見るなり倒れ込み、そのまま明け方近くまで泥のように眠り込んでしまった。

もうクレームを再び伝える気力も、何も残っていなかったのだ。

外からは色んな国の言葉が窓越しに聞こえて来たが、瞼が重くて目を開けることさえ出来なかった。

初めてのヴェニスの夜はそうやって更けていった。

ヴェニスの夕暮れ
ヴェニスの夕暮れ

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