ホーム 『モルテン食いたりないよね^q^』田辺青蛙 第16回 ローマを彷徨う Page 1



第16回:ローマを彷徨う


朝起きると、体中が痛い。特に首と背中が痛んだので、軽くストレッチをした。

テレビを点けると、滲んだ画面の中で太った魔女のような目の周りに黒と青のラメの入ったメイクに指に大きなガーネットの石のついた指輪を嵌めた女性が、料理をしていた。

しばらく眺めていたのだが、野菜を切っては鍋に入れるの繰り返しで何が出来るのか想像がつかない。調味料らしいものも特に入れておらず、どうなるんだろうと思ううちに何故かニュース番組に切り替わってしまった。

夫は私より早く起きており、窓際に座ってPCのキーを叩き続けている。

部屋の中が薄暗かったので、電気を点けようとスイッチを押すと更に暗くなった。

どうやら最初っから電気は点いていたようだ。

「こんな暗い電球があるなんて初めて知ったよ」

私が言うと、夫は無表情でパタンとノートPCを閉じ、部屋にいると気が滅入るので外を散策に行こうと言った。


アパートから出て数分の場所に地下鉄の駅があり、とりあえずやって来た落書きだらけの電車に乗り込んだ。

地下鉄
地下鉄

路線図
路線図

中は思ったより混みあっていて、例えるなら昼の大阪環状線くらいの人の密度だろうか?

そういえばネットで満員電車は日本にしかないと言っている人を見たが、個人的には海外でも何度か込み合って人の密集する電車に乗り合わせたことがあるので、そういうことはないのだろう。

海外に来て思うのは、結構日本と同じとこがあるもんだなあというところで、ああここは日本の〇〇みたい。とか、××みたいだとつい、思ってしまう。

ただ、夫と私が日本的だと感じる風景はかなりポイントが違い、針葉樹の森や緑の平原等を見ると、私は「わあ、外国に来たなあって感じがするなあ」と言うのに対し夫は、北海道育ちだからか「実家の近所みたいで珍しい風景じゃないよ」という反応だったりする。


地下鉄の電車の中で揺られながら、夫とどこで降りようかと相談していると、チャカポコチャカポコとまぬけな音楽がどこからともなく流れて来た。

音がする方を見ると、人を強引にかき分けながらカートを引いた女性が、もう片方の手でマイクを持ってやって来た。

女性は私と目があうと、ニッコリと微笑み歌い始めた。

横には女性に顔立ちの似た5~6歳の子供がおり、帽子をパッと取って中に小銭を入れろということなのだろうか、私の前に差し出してきた。

カートの中にはカラオケ装置が入っているらしく、時々チャックの隙間から手を入れて何か弄っているようだった。そうすると音の大きさが変わったり、シャララランと合いの手のような効果音が起こった。

女性は2曲立て続けに歌い(1曲目は私の知らない歌で、2曲目はイタリア語の「上を向いて歩こう」だと思われる曲だった)ペコリとおじぎをした。

子供は無表情で、帽子を私の前に差し出し続けている。

とりあえず帽子に2ユーロを入れると、女性は子供の手を引いてものすごい素早さで隣の車両へと移っていった。

何だか狐だか狸だかに化かされたような心持になり、止まった駅に降りると目の前にコロシアムがあった。

コロシアムが見える
コロシアムが見える

「凄い、大きいね」

月並みな感想だけれど、それくらいしか言葉が出てこない。

コロシアムの近くでは、グラディエーターの恰好をしていた観光客相手の呼子が何人か日陰で伸びていた。

地下鉄では感じなかったが、気温が高く、空気が乾燥しているのか口の中が渇いて痛い。

「日差しがここもキツイね。何だかじりじりと炙られているような気分」

夫に言うと、日陰に入るように言われた。

時計を見ると、正午前だった。

コロシアムの周辺は遺跡だらけで、熱中症にかかってしまったのか、カメラを首から下げたまま大の字でぐったりと伸びている観光客の姿があった。

どこもかしこも遺跡だらけ
どこもかしこも遺跡だらけ

なんの遺跡だろうか?
なんの遺跡だろうか?

日陰が無いところは人気も無い
日陰が無いところは人気も無い

「少し早いけど、お昼にしようか?」

夫の提案に従い近くの店に入り、ツナのカルパッチョやチキンの照り焼きを食べた。

味はどれも檸檬と岩塩味で、汗をたっぷりかいた後には美味しく感じられた。

ただチーズのマカロニは味が薄く、もうちょっと塩が欲しいなと感じてリクエストしたのだが「ソルト」が通じず、何も出てこなかった。

ツナ
ツナ

チキンディッシュ
チキンディッシュ


食事を終えた後、日陰を伝って出鱈目に歩いているとカラフルな色が突然目に飛び込んできた。

市場だ。

市場
市場

野菜や果物や、肉が並び、どれも新鮮でとても美味しそうに見える。

トマトとレタスと果物を買って、アパートに戻るとエレベーターは相変わらず直っておらず、階段には見知らぬ誰かが座り込んでいた。

台所に買ったばかりの野菜の入った袋を置き、どこに何があるかを確かめた。

台所用品は、分厚い木のまな板が一つと、小さく先の丸くなったナイフ、紙コップと紙皿が幾つかと、縁の欠けたマグカップが四つ、プラスチックの赤いボールが一つ、金束子と、洗剤、そしてティースプーンが二本。

フォークやナイフ類が無く、調味料も見当たらなかったので、それらは後で買いに行くことにして、トマトを洗って食べようと思った。だが、蛇口はどんなに捻っても水は細く、チョロチョロとしか出てくれなかった。

簡易電気コンロはスイッチを入れても、温かくはならなかった。冷蔵庫はちょっとだけ気持ち冷たくなる程度で、電気ケトルは持ちてのカバーが外れてしまったのか、お湯を沸かすと、取っ手が持てないくらいに熱くなった。

中々手ごわいアパートだったが、夫も私もこれはこの大変さを楽しむしかないという具合になっていた。


さて、私はローマに来たら一つやりたいことがあった。

それは「ローマの休日」の再現で、ジェラートを食べたり真実の口に手を突っ込んだりしてみることだ。

明日は、そういうベタな休日を過ごすことにしよう。夫はバチカンへ行きたいと言っているが、そちらは最終日にしてくれと頼むつもりだ。

クーラーが利かないので今日も窓は開けっぱなしにしている。

毛布に包まって、今日一日を振り返ってみると、一番印象に残っていたのは地下鉄で出会ったあの唄っていた女性だった。

ローマ市内
ローマ市内

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