ホーム 『コトバの家』ねじめ正一 第一回 定住の人・高島茂と、漂流の人・高橋鏡太郎 Page 8

父の虫の居所が悪かったのだ。高島さんの親切心が気に入らなかったのだ。家族のために一度もクリスマスケーキなんか買ったことがなかった父の心を逆なでしたのだ。喧嘩のほうは高島さんが子どもの私の存在に気が付いて止まったが、父は唇を切り、高島さんの青いセーターはだらだらに伸び切ってしまっていた。

高島さんの温和な顔付からは想像できない。そういう厳しさを持つ高島さんにとって「ボルガ」は、命と同じくらい大事な場所で、「ボルガ」を愛して来てくれるお客も、また、とても大切な人たちなのだ。「ボルガ」は生活の基盤でもあり、この基盤が揺らげば、無頼の鏡太郎さんも救えないという、信念があった。

高島さんには、左翼体験があった。新宿警察に捕まり、素っ裸にされてケツの穴まで調べられたこともあって、その屈辱感を彼は一生忘れなかったという。

理不尽な暴力や権力と、命を張って闘ってきた高島さんだからこそ、社会の敗者で、弱くて無頼な鏡太郎さんの面倒をみられたのだ。

高島さんは、しっかりした愛情を持っていた。

父が55歳で脳溢血で倒れたとき、一番最初に病院に駆けつけてくれたのも高島さんであった。父が長野の鹿教湯病院に入院したとき、訪ねてきてくれたのも高島さんひとりだった。高島さんは、父に対しても鏡太郎さんとは違った、無頼な匂いを嗅ぎ取っていたのかもしれない。

鏡太郎さんに関わる人で、もう一人大きな存在がいる。その人は山岸外史さんである。知る人ぞ知る太宰治の研究家であったが、彼も無頼派の典型といえる人だ。鏡太郎さんが行方不明になったときの探しようは凄まじかった。山岸さんは鏡太郎さんのことを弟のように何から何まで全部可愛いがった。

鏡太郎さんの葬儀のときに山岸外史さんは突然に大声で泣き出して、鏡太郎さんの入っている棺を開けて、遺体になった鏡太郎さんにひっついて横になり、「鏡太郎とオレと一緒に焼いてくれ」と叫んだという。みんなに引き離されても、何度も棺に入って、叫び続けた。

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「コトバの家」ねじめ正一
第一回 定住の人・高島茂と、漂流の人・高橋鏡太郎

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