ホーム 『コトバの家』ねじめ正一 第一回 定住の人・高島茂と、漂流の人・高橋鏡太郎 Page 6

学生時代の亜星さんにとって「ボルガ」での鏡太郎さんの酔いっぷりを見るのは楽しみだったのだ。

現在の「ボルガ」の店内。
現在の「ボルガ」の店内。

小林亜星さんが生まれて初めてみる無頼派であった。そして、無頼派の鏡太郎さんの姿を見つつ、同時に「ボルガ」の主人の高島茂さんも見ていたという。「ボルガ」のカウンターには鏡太郎さんの指定席があって、店に鏡太郎さんがくると、黙って酒を飲ませた。毎晩茶碗に焼酎2杯が与えられた。それ以上はけっして高島さんは許さなかった。

だが、鏡太郎さんは2杯では辛抱できなかった。鏡太郎さんは受け皿にこぼれた客の酒を呑んだ。その呑み方が亜星さんから見ると、魅力的であった。高島茂さんの目を盗んで呑んでいたに違いないのだが、この受け皿の酒の呑み方は一種のショーであった。

その亜星さんは一度だけ高島茂さんが鏡太郎さんを真剣に怒った姿を見たという。あの怒った姿は今思い返しても恐かったと言う。

鏡太郎さんと高島さんには男同士の約束事があった。それは店の中で、鏡太郎さんがお客とトラブルを起こしてはならぬということだった。だが、その約束を鏡太郎さんが破ったので、高島さんは鏡太郎さんに心底怒ったのだ。その怒りの迫力に亜星さんは度肝を抜かれたのであった。

高島茂さんは鏡太郎さんを愛していた。

それこそ何度も会って高島さんから鏡太郎さんの話は聞いていたが、高島さんは鏡太郎さんについて語るたびに?を緩ませていた。

「高島さん、鏡太郎さんはなぜ、アル中みたいになってしまったのですか」

「それはたぶん、奥さんとのことが関係しているのではないかな。鏡さんの奥さんが銀座のバーで働いていたんですよ。そのときに映画のカメラマンと鏡さんの奥さんが付き合い始めたんですよ。そのあたりからおかしくなったような気がしているんですよ。結局、奥さんは家を出てそのカメラマンと一緒に暮らし始めてしまった。鏡さんはカメラマンと奥さんが暮らしている町を聞きつけると、その町の駅のベンチに座って一日中待っていたんですよ」

鏡太郎さんは奥さんに逃げられてから酒の量が増え、アル中になっていったと言う。

そのことを亜星さんに話すと、亜星さんも酒をまったく呑めなかった親友が女性に逃げられてから浴びるほど呑むようになったことを語り始めた。

親友は学生時代からの仲間で、テレビで活躍し、ジャズメンでも活躍し、レーサーでも活躍していたが、愛する女性に捨てられてから酒びたりになってしまったそうである。亜星さんは男にとっての女性の存在の大きさをしみじみ感じたと言う。

そういう亜星さんにも、私は無頼の姿を見た。あれだけたくさんのCM曲を作れば作るほど虚無感を抱え持ってしまっているように思えた。酒場で体を張って呑み、喧嘩も強そうで、凄味もあった。その姿から亜星さんが鏡太郎さんのことを本当に好きだったことが伝わってきた。

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