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日本全国津々うりゃうりゃ〈休暇強奪編〉 宮田珠己

第19回「鹿児島1」


1.けけけけ仁王旅


前々から鹿児島が気になっている。

もともと端っこ好きということもあるし、南方好きということもあるが、理由はどうもそれだけではない。私はこれまで何度も九州を訪れているが、熊本と鹿児島の間には何か大きな溝があるような気がしてならないのだ。

地図で見てもべつに溝なんてないけれども、福岡から熊本へ行くときの身近さに比べて、ほぼ同じ距離なのに、熊本から鹿児島へ行くのはずいぶん遠く感じられる。新幹線が出来て時間的にも変わらないはずなのに、それでも遠い。熊本と鹿児島の間には密林地帯が横たわっていて、魔物蠢(うごめ)くそのジャングルを越えていかなければ、たどり着けないぐらいの「向こう側」感なのだ。

思えば加藤清正も恐れたように、薩摩藩以前の時代から、他とは一線を画してきたお国柄である。時代小説を読む限り、幕府隠密もなかなか入り込めなかったようだ。仮に侵入を許しても、薩摩人同士バリバリの方言で会話して、何言ってるかわからないようにしていたという。

「鹿児島弁は戦争中、暗号としても使われたんです」 

とテレメンテイコ女史が言った。

そのぐらい、もう別の国なのだ。

しかし女史はなぜそんなマニアックなことを知っているかというと、実は鹿児島出身者なのだった。魔の密林地帯を越えて来日したのである。

「テレメンテイコさん、それにしては、ごわす、とか言いませんね」

「ごわす、なんて鹿児島じゃ誰も言いませんよ」

「西郷隆盛が言ってるじゃないですか」

「あれは勝手に誰かが言わせたんで、そもそも西郷隆盛像も実物とは全然似てないというのが今では定説です」

テレメンテイコ女史は気色ばんだ。

「その話は聞いたことがありますけど、あの顔で『西郷隆盛でごわす』って言ってるその後で桜島どーん、っていうのが鹿児島のイメージじゃないですか」

「ほんと迷惑です」

「じゃあ、ごわすじゃなくて何て言うんですか」

「そうですねえ……。けけけけ」

「は?」

「鹿児島弁で、けけけけ、っていうのがあるんです」

「けけけけ? ああ、鹿児島県民はヤモリの血が流れてるんですね」

「ちがいます! 最初の“け”が貝の意味で、次の“け”が『買う』で、その次の“け”は『~に』で、最後の“け”は『来い』。貝を買いにおいで、という意味です」

「博多弁の、とっとーと? みたいなものでしょうか」

「まあ、そうです」

「関西でいうところの、チャウチャウちゃうんちゃう? ですね」

ともあれ、そんなこんなで鹿児島に行くことになった。

密林地帯の「向こう側」まで行くのはなかなかない機会だから、ひととおり見て回ろうと思う。

「実は宮田さんの好きそうなものがあるんです」

「なんですか?」

「鹿児島には変な仁王像が多いんです」

「変な仁王像?」

鹿児島は明治維新の際の廃仏毀釈が激烈で、ほとんどの寺が徹底的に破壊された。もちろん仁王像もすべて壊されたり埋められたりした。

それが今はまた戻されて神社やお寺に安置されているという。そしてそれがなかなかユーモラスでいい感じなのだと女史は言った。

そういうことなら、そのいい感じの仁王像も探してみようと思う。

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