ホーム 『村上春樹2011』福田和也 第三回 『国境の南、太陽の西』 Page 3

別々の中学に入ったため、「」と島本さんは次第に疎遠になり、行き来は途絶えてしまう。格別の事ではない。どこにでもある話だ。

高校に入り、「」は、クラスメイトのイズミとつきあうようになる。

「彼女はそれほど綺麗な娘ではなかった。つまり母親がクラスの写真を見て、ため息をついて、『この子はなんていう名前? 綺麗な人ねえ』と言うようなタイプではなかったということだ。でも僕は最初に会ったときから、彼女のことを可愛いと思った。写真からはわからないことだけれど、実物の彼女には自然に人の心を引きつけるような素直な温かさがあった」。

そう、彼女はさして美しくはないし、何よりも崇高なる凡庸さとしての「一人っ子」でもない。

高校生らしい展開で、二人はキスし、抱き合い、「」は避妊具の調達を試みるようになる。その感情は、欲望は、自然なものであっても祝福はされていない。

「もし仮に僕が抱いて口づけをした相手が島本さんだったなら、今ごろこんな風に迷ったりはしていないだろうなとふと思った。僕らはお互いのすべてを無言のうちにすんなりと受け入れたことだろう。そしてそこには不安とか迷いといったようなものは一切存在しなかっただろう」

もちろん、話者の年齢からすれば、致命的な本然に向かって走っていくことが出来ないのは仕方がない。いや、かなり甲羅をへたとしても、真実に本質的なものを選びとれるか、身を任せるのは難しいだろう。実際、有り体に云えば、この小説は、選び損ねた男が、もういちど選びとる/喪失する物語なのだから。

イズミとのつきあいは、自宅で抱き合っている時に、突然、叔母がやってくるという椿事で終結する。椿事は椿事にすぎないのだが、また多くの真実を明らかにしてしまう。

「あなたはきっと自分の頭の中で、ひとりだけでいろんなことを考えるのが好きなんだと思うわ。そして他人にそれをのぞかれるのがあまり好きじゃないのよ。それはあるいはあなたが一人っ子だからかもしれない。あなたは自分だけでいろんなことを考えて処理することに慣れているのよ。自分にだけそれがわかっていれば、それでいいのよ」

そして、「」が最初に寝た女の子は、イズミの従姉――しかも一人っ子――だった。

「僕は彼女に黙って、裏に隠れて、彼女の従姉と寝ていたのだ。それも一度や二度ではなく、十回も二十回もだ。僕は彼女をずっと欺いていた。もし仮にそれが正しいことなら欺く必要なんてないはずだった。僕は君の従姉と寝たい。脳味噌が溶けるくらいセックスをしたい。ありとあらゆる体位を使って千回くらいやりたい。でもそれは君とは何の関係もない行為だからべつに気にしないでほしいんだ、と最初に断るべきだったのだ」

断れるわけがない。わけがないが、こんなたわごとを口に出来る、身勝手さは得難い資質といわなければならないだろう。いずれにしろ――断ろうが、断るまいが――、イズミは根底から傷つき、損なわれ、モンスターになってしまう。

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「村上春樹2011」福田和也
第三回「国境の南、太陽の西」

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