ホーム 『村上春樹2011』福田和也 第三回 『国境の南、太陽の西』 Page 2

アメリカによる占領の目的が、日本の民主化から、社会主義陣営に対抗するための兵站基地化へと転換し、いわゆる逆コースが完成した時期である。

もちろん、話者の年齢からすれば、朝鮮戦争のもたらしたうねり、特に軍需を中心とした経済の目ざましい復興を感じとる事、「戦争の余韻というようなもの」を感知することは無理だったに違いない。にもかかわらず、こだわってしまうのは、ここに強引な戦争にたいする封印の意志が感じられる事だ。朝鮮であれ、ベトナムであれ、何が起ころうと知らないよ、というような。

幼年期における、意識の狭さ、閉鎖性のあり方は、その住環境によっても明確に指し示されている。

僕らが住んでいた町は、見事に典型的な大都市郊外の中産階級的住宅地だった。そこに住んでいるあいだに多少なりとも親交を持った同級生たちは、みんな比較的小綺麗な一軒家に暮らしていた。大きさの差こそあれ、そこには玄関があり、庭があり、その庭には木が生えていた。友だちの父親の大半は会社に勤めているか、あるいは専門職に就いていた。母親が働いている家庭は非常に珍しかった。おおかたの家は犬か猫かを飼っていた。アパートとかマンションに住んでいる人間を、僕はその当時誰一人として知らなかった(中略)通常の人間はみんなネクタイをしめて会社に通い、庭のついた一軒家に住んで、犬か猫を飼っているものだと僕は思い込んでいた。それ以外の生活というものを僕は、少くとも実感をともなって思い浮かべることができなかった。

外部の遮断とともに、容赦のない類型化が行われている。

戦争を感知しないという事は、まだ云い訳が出来る事であるけれども、育った住宅地の画一性と、異なる者の不在は、救い難い。

そして、封印と画一化のなかに挿入される、唯一の独自性とは、「一人っ子」であるという事だ。

でも僕には兄弟というものがただの一人もいなかった。僕は一人っ子だった。そして少年時代の僕はそのことでずっと引け目のようなものを感じていた。自分はこの世界にあってはいわば特殊な存在なのだ、他の人々が当然のこととして持っているものを、僕は持っていない。

一人っ子」である事を、話者の単独性、独自性として示すのは、なかなかに大胆な事である。身も蓋もない類型化の後で、唯一の単独性として「一人っ子」が提示されている。けれど、その凡庸さからこそ、小説家は哀切な煌めきを搾りだす。一人っ子の女子との出会いにおいて。

五年生の時、転校してきた島本さんは、家が近いということで話者の世話を受ける。「」は、島本さんの家に入りびたり、ステレオを聴く。

「レコードを扱うのは島本さんの役だった。レコードをジャケットから取り出し、溝に指を触れないように両手でターンテーブルに載せ、小さな刷毛でカートリッジのごみを払ってから、レコード盤にゆっくりと針をおろした。レコードが終わると、そこにほこり取りのスプレーをかけ、フェルトの布で拭いた。そしてレコードをジャケットにしまい、棚のもとあった場所に戻した(中略)レコードを棚に戻してしまうと、島本さんはやっと僕の方を向いていつものように小さく微笑んだ。そのたびに僕は思ったものだった。彼女が扱っていたのはただのレコード盤ではなく、ガラス瓶の中に入れられた誰かの脆い魂のようなものではなかったのだろうかと」

二人の小学生が、ハイファイの再生装置の前に坐っている。その月並みな時間、空間に崇高の影を、作家は落としている。その崇高は、類型と無関心と月並みによって造り出されているからこそ、最も強力であるような性格を持っている。

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「村上春樹2011」福田和也
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