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朝が弱くて会社や学校に遅刻しても気にしなくてよいという話

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日本人は時間に縛られすぎ?

日本人は時間を正確に守る民族といわれますが、本当にその通りで一分の遅刻に対しても厳しく見ます。

沖縄の場合はウチナータイムという独特の時間感覚がありますが、他の都道府県の人にとっては遅刻は罪以外の何物でもないでしょう。

諸外国では公共交通機関ですら時間が曖昧だったりするようなのですが、日本人にとっては半ば信じがたいですね。

 

そんな中で時間にルーズ、または低血圧や気持ちの問題で朝が弱くて起きられないために会社や学校に遅刻してしまいがちな人は辛い思いをしていることだと思います。

時間を守らないことはそんなに罪なのか?会社に一分遅れただけで半日無給になるのはやり過ぎじゃないのか?など疑問も芽生えてきますね。

私自身、夜眠れず、朝起きられなくて新入社員の頃は苦労をしてきました。

朝起きて10分で家を出る、電車の中でネクタイをしめる、新幹線に乗る、タクシーで5000円払ってでも間に合わせるなどかなりの必死さでしたが、今となっては頑張るポイントがずれていたように思います。

でも、このような行動の中に社会生活に対する強迫観念的な考え方が表れているようにも思えるのです。

 

時間にルーズな人の特徴

時間にルーズな人というのは性格も大雑把な場合がありますが、これは良い意味にも捉えられますね。

やはり、人に対して寛容というのは大きな魅力ですよ。

感覚がルーズな人はそれゆえに注意をされることもありますが、本人はどこ吹く風であまりダメージを受けるようには見えません。

この我が道行く姿勢が時には魅力に味付けをする要素にも成りえます。

そもそも時間を守ることの大切さなんて、人によって感覚が違って当たり前なのです。

それを一律に決まった時間にいないといけないというのは息苦しいですよ。

ちょっと遅れたんなら、その分遅くまで残るからそれでいいでしょ、というのでいいんじゃないかと、私は時間にルーズな人を見て思うようになりました。

時間厳守というのは、みんな時間に合わせて動いているのに、どうしてお前はそうしないんだ?という同調圧力に感じられて仕方ありません。

朝起きられない人の特徴

朝が弱くて起きられなくて遅刻する人は、自分でも罪悪感を感じている分辛さが倍増します。

毎日遅刻する自分を責め、次こそはきちんと間に合わせるぞと意気込んでも失敗する日々です。

原因は低血圧な体質や、これまでの生活習慣の蓄積などさまざまです。

社会は自己管理の問題といって遅れる人を責めますが、それでは本人が追い込まれる一方で何の進展も期待できないのではないでしょうか。

本当に効率重視で組織に適合させるためにアクションを起こすなら、遅刻する本人を叱責するのではなく手助けをするなり、時間をずらすなり工夫のしようはいくらでもあるでしょう。

それを時間に遅れる人を責め立てるだけだと、結局怒っているだけで遅刻する人が憎いだけなのではというように見えてきます。

このご時勢、パワハラだと騒がれますので相手のミスに直接的に怒りをぶつける傾向は減りつつあるように思えますが、根本的な考え方は変わらないようです。

日本の仕事の生産性が低いのは、こんなどうでもいいことにとらわれて、本当に必要な効率を追求しないからです。

全員が横並びで画一化する、軍隊のような感覚で生きるのでは時代遅れで国際社会に取り残されるばかりですよ。

そう考えると減給になろうが、叱られようが、何も気にせずに、でも自分がいないことで他人に実害が出たことだけ詫びるようにすればいいのではないでしょうか?

自分が社会に適合できないから悪いんだとか、自分は出来損ないだ、などと自分を責めて生きる気力を無くしていくのはもったいないことですよ。

 

人にも自分にも優しく

現在私は昼過ぎから出勤の仕事についていますが、寝坊のリスクが無く時間を守ることのハードルが低いです。

そこで起こることは、時間を守らない人に対してあまり目くじらを立てなくなるのですよ。

誰かが五分やそこら遅れても実害はほぼないのですから。

結局、朝間に合わない人に対する風当たりが強いのは朝の支度をすることが誰にとってもそこそこハードな課題で、自分がきちんとしているのに他人ができていないのが許せないだけなのではないでしょうか。

これって、立場が不利な人に対してはそれなりに厳しい態度をとってよいということにつながってくるため、社会がさらに息苦しくなってくるんですよ。

上手くいっている人でもいざ自分が失敗したら、同じ仕打ちを受けるわけですからね。

 

私は自分が失敗することはほぼなくなりましたが、他の誰かが遅刻したり、何か失敗してもできるだけフォローをして円満に収まるように心がけるのが自分にとってもプラスになることだと考えています。

他人の失敗に対して不寛容なのは、きちんとしているのではなくて心が小さいだけ、です。

そのことをわきまえて生きていきたいものです。

 

アーサー
この社会、もう少し余裕や優しさがあってもよい気がするよ。

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