ホーム 『父系図』坪内祐三 第一回 淡島椿岳・淡島寒月 Page 7

自分は日本のことを知らなすぎる。西洋に行って日本について説明出来なかったら恥ずかしい。

そこで彼は日本のことを学ばなければと決意する(それはいわゆる「日本への回帰」とは全然違う)。

しかも刻苦勉励という形ではなく、自分の好奇心に忠実に、楽しみながら勉強していく。

ちょうどその頃(明治十年頃)、彼の実家は馬喰町から神田明神坂上へ引越をする。

その時分に今の上野の帝国図書館が聖堂の内にあったのです。そうして無料で閲覧させました。蔵書の中には英書もあり、古書も沢山ありました。私が毎日そこへ出掛けて、種々な本を読んでいる中に、ふと『燕石十種 (えんせきじつしゅ)』に出遇ったのです。始めて (ひもと)く中に『戯作者六家撰 (げさくしゃろっかせん)』があって、その中に京伝 (きょうでん)という名や、三馬 (さんば)という名が散見するのです。京伝、三馬などいう名は、兄からかねがね聞いていた名だったから、何となくなつかしく思って、一つ写し二つ写して『燕石十種』本六十冊の中、二、三十冊も写しました。その中に図書館で始めて幸田露伴君に遇って、 (まじわり)を結んだのです。

『梵雲庵雑話』

その図書館で寒月は井原西鶴の『置土産 (おきみやげ)』に出会い、「非常に西鶴の文才に感心」した。

それ以来、「古書に (あら)ずんば見ず」と標榜 (ひょうぼう)して、様々な古本屋をめぐって、西鶴の本を大いに読みかつ集めた」。

西鶴は寒月にとってただの古典ではなかった。新しかった。井原西鶴が同時代に「オランダ西鶴」と呼ばれていたことは今では良く知られているが、寒月は西鶴のそのハイカラに鋭く反応した。

やはり『梵雲庵雑話』に収められている一文(「明治十年前後」)で、彼はこう述べている。「私は元来小説よりも、新らしい事実が好きだった。ここに言う新らしいとは、珍らしいということである。西鶴の本は、かつて聞いたことのない珍らしいもので満ちていた。赤裸々に自然を書いたからである。人間そのものを書いたからである」。

ここに彼が露伴や紅葉らとは違って、小説家になろうとしなかった理由が隠されている。

彼はあくまでも趣味家だった。

しかもその趣味はきわめて多方面に開かれていた(それを寒月本人は「三分間趣味」と称していた。すなわち、「雲烟去来 (うんえんきょらい)、おのずからゆききに任せ」、三分間にして移り去るというのが私の趣味に対する見解である)というわけだ)。

その寒月の幅広の趣味を寒月の若き友人だったエッセイストの生方敏郎 (うぶかたとしろう)は時代順に、「西洋文物思想に心酔/西鶴/禅学/古美術/考古学/キリスト教/進化論的唯物論/社会主義/埴輪・泥人形・埃及 (エジプト)趣味/日本及び西洋玩具コレクション・絵・能・謡曲研究」と分類している。(「梵雲庵淡島寒月翁を憶ふ」)。

生方敏郎(1882〜1969)

明治〜昭和時代の随筆家・評論家。「東京朝日新聞」の記者を経て文筆家となる。平易で風刺に富む評論や短編で活躍した。

ここに言う「梵雲庵」とは明治二十六年十一月から彼が移り住んだ 向島須崎町 (むこうじますさきちょう)の家の書斎のことだが(彼の没後にまとめられた文集の『梵雲庵雑話』とうタイトルはもちろんそれにちなむものだ)、梵雲庵は寒月にとってのユートピアであるだけではなく、彼を慕う若者たちのアジールだった(その点で彼の父、椿岳がいた淡島堂よりさらに開かれた空間だった)。

そういう若者に、今触れた生方敏郎、楠山正雄 (くすやままさお)木内辰三郎 (きうちたつさぶろう)(寒月の長女で日本最初の女性校長で戦後は参議院議員となるお経――のち木内キョウ――と結婚する)、岡村千曳 (おかむらちびき)会津八一 (あいづやいち) らがいた(会津が奈良研究を志すのも寒月の影響だ)。さらに梵雲庵に出入りしていた少年に、あの 石川淳 (いしかわじゅん)やのちに映画監督となる吉村公三郎 (よしむらこうざぶろう)がいた。

楠山正雄(1884〜1956)

明治〜昭和時代の演劇評論家・児童文学者。島村抱月の芸術座に入り、ツルゲーネフ「その前夜」を翻訳・脚色する。冨山房で児童文学の編集・翻訳にあたった。

岡村千曳(1884〜1964)

明治〜昭和時代の教育者。欧米に渡って教育事情を視察する。早稲田高等学院院長、早稲田大学図書館館長をつとめる。

会津八一(1881〜1956)

大正〜昭和時代の歌人・美術家・書家。東洋美術史を研究し、母校早稲田大学の教鞭をとる。独自の風格を持つ書で知られる。

晩年の寒月の関心は玩具にあったわけだが、その点に関して内田魯庵が、さすが寒月というエピソードを紹介している。

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著者所蔵の淡島寒月 著・画『おもちゃ百種』より
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著者所蔵の淡島寒月 著・画『おもちゃ百種』より

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