ホーム 『モルテン食いたりないよね^q^』田辺青蛙 第9回 マーダー・ミステリー・ツアーに参加しました Page 1



第9回:マーダー・ミステリー・ツアーに参加しました


ヴェネチアのインフォメーション・センターの前を通りかかった時、とある看板の文字に目が留まった。

その看板には、「ヴェネチアン・ゴースト・ツアー! 今夜開催!」の文字が書かれており、早速中に入って、このツアーに申し込みたいと伝えた。ところが、朝一で予約が埋まってしまい、キャンセル待ちだけでも20名待ちだということだった。

他にも幾つかゴースト・ツアーはあるけれど、どれもキャンセル待ちの状況と知らされ、うな垂れていると、これはどう? と沢山ツアー名の印刷されたプリントの一文に蛍光マーカーで印を付けて見せてくれた。

そこには、マーダー・ミステリー・ツアーと書かれており、ガイドは長年地元で歴史の教師をしていた人が担当だということだった。

「このツアーならまだ空きがあるわよ。今夜6時に集合してね。徒歩で2時間歩くツアーだから、ヒールは止めておいて、履きなれたスニーカーにして。飲み物も持って来た方がいいわよ」

早速その場で20€のツアー代金を支払い、夕方を待った。


17時50分頃に集合場所に行くと、アメリカ人らしきカップルが2組と、老夫婦、子供2人連れの家族がいた。

ツアーの集合場所
ツアーの集合場所

18時過ぎには14~15名程が集まっていたが、ガイドは現れず、インフォメーション・センターまで行って確認しに行った人もいたが、CLOSEのサインがかかっていたということだった。

20分遅れで、夕闇の中を黄色い傘を差した、背の高い男性が現れ、このツアーの案内役だと名乗り出た。

気が付くと周りにいた人も増えており、トータルで30名程になっていた。

「この黄色い傘を目印について来て下さいね。マーダー・ミステリー・ツアーへようこそ。

ところで、皆さんは正義(ジャスティス)を司る女性が、目隠しをされた状態でシンボルとされている理由をご存じですか?」

突然の質問に皆が顔を見合わせ、知らないという声があちこちから漏れた。

「私も知りません。さあ、行きましょう!」


なんだかよく分からないノリでツアーは開始し、途中でモヒカン頭のスケート・ボーダーに遭遇すると「あ、先生ーだー!」と呼ばれて、ガイドは「夜更かしすんなよ」と言ってウインクを送っていた。

どうやら地元の高校くらいの生徒を教えているらしい。

ガイドは街灯もない道をすいすいと縫うように歩き、かつて麻薬や違法の賭博、秘密結社が集っていたといういわれのある部屋に通じる隠し扉や通路の場所を教えてくれた。

ツアーの翌日に撮影した写真。この橋の裏に秘密の出入り口が隠されている
ツアーの翌日に撮影した写真。この橋の裏に秘密の出入り口が隠されている

水路の多いヴェネチアでは、ゴンドラでしか入れない秘密の入り口も多く存在し、それらの多くは橋の袂に隠されているということだった。

ゴンドラからしか入れない入り口が幾つも隠されているという水路
ゴンドラからしか入れない入り口が幾つも隠されているという水路

夜は観光客の姿も少ない通りが沢山ある
夜は観光客の姿も少ない通りが沢山ある

しかもその扉は定期的に塗りつぶされ、常にだれにも気が付かれないように注意を払っていたという。

ガイドは口笛で,オーバー・ザ・レインボーや、雨に唄えばを吹きながら歩き、時折結婚と離婚の苦悩、女性から理解を得ることの難しさや、酒の素晴らしさ、浮気の素晴らしさを語り、一部のツアー参加の男性から賛同を得ているようだった。

大丈夫なのかなこのツアーと思いながら少々足も重たく感じられた頃、小さな路地裏で急にガイドは立ち止まり、頭上にあった道の名前の書かれたサインを黄色い傘で差した。

ヴェニスはどんな小さな路地にも名前がついており、こうやって路地名の記載された看板がどこかしらに付いている。

「はい、みなさーん。ここを見て下さい。アサシン(暗殺)通りと書かれていますね。ヴェネチアの土地は殆ど石畳に覆われています。ちょっと想像してみて下さい。例えばあなたが人を殺したとします。殺害方法のイメージはお任せします。刺すなり、絞め殺すなり、薬殺なり、何でも結構。そして次のステップ、殺した死体をどうにかしなくちゃならないとなった時に、どうしますか? 普通、わざわざ重たい石畳をどかしてから、硬い地面を掘り返し、そして死体を埋めてからもとに戻すなんて面倒なことしないと思いませんか?

そう、ここで殺人が起きると、死体はボチョンと水路に投げ入れます。窓の外が水路の家が殆どですし、水音が聞こえてしまいますが、昔はゴミを水路に投げ入れて捨てる人もいたらしいんで、それだけだとゴミか人か分かりません。

そこで、ですねえ、ここの通り名を見て下さい。アサシンとありますね。この通りの名前は、殺された死体がこの水路に最終的に流れ着き、見つかることが多かったことからつけられたのです。不思議なことにゴミはあまりここに流れ着かなかったらしいですね。そう、それがミステリー」

ガイドは黄色い傘を手に、にやりと笑うと、再び口笛を吹き、女性という存在がいかに謎に満ちているかという話をし始めた。

アサシン通り
アサシン通り


こんな調子で、あっという間に2時間が過ぎ、ツアーは終了となった。

ガイドは一部の男性客と親しくなったらしく、ツアー終了後飲みに行こうというような会話を交わしていた。

空を見上げると見事な満月で、足元を見ると海水がひたひたと満ちて来ているのが分かった。

蒸し暑い日だったので、帰りに私も一杯飲んでから帰りたかったのだが、潮の満ちるペースは予想以上に早く、近くを通りがかった人が後数十分で膝の高さまで海水が来ると言っているのを聞いたこともあり、早々と退散することに決めた。

海水が~
海水が~

潮が満ちて来ました
潮が満ちて来ました


長いような短いようなヴェネチアの夜もあと少し。次は荒木飛呂彦先生の原画展が開催される予定のフィレンツェに移る。

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