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第6回:相変わらずゆるい旅です


ヴェニスの町には車が走っていないので、荷物の運搬もゴミの収集もどれも大きな人力の手押し車か、船で行われている。

石畳に覆われた町は階段や段差も多く、朝になるとホテルの前には玉の汗を浮かべた食料品を運ぶ業者の人が、肩で息をしながら荷車から食料品を下していた。

細い迷路のような道は、迷子になるのを楽しむ旅人には良いかも知れないが、ここに住む人にとっては大変かも知れない。

それでも住みたくなる魔力がこの町には秘められているのだろう。

アパートの間に干された洗濯物なんかを見ながら、この町に住む自分の姿をふと想像してしまっていることに何度か気が付いた。

空は今日も青く晴れていて、昼から暑くなりそうだ。

朝でも日差しがキツイ
朝でも日差しがキツイ

6月ということもあり、それほど日差しも強くないだろうと、私が勝手に思い込んでいたせいもあって、日本から小さなチューブに入った日焼け止め一本しか持って来ていなかったのは大失敗だった。

私が日焼け止めを買い足したかったことと、夫が水や日常品を買いたいというので朝から地元のスーパーに行ってみることにした。

それにしてもiPhoneのおかげで随分と旅は便利になったもんだなと思う。

スーパーマーケットと入力すれば、現在地と近くにあるスーパーマーケットの場所がパッと表示され、GPSが道を案内してくれる。

もし、これが無ければ私達は毎度迷わず迷宮のようなこのヴェニスの町でホテルに戻ることが出来たかどうかさえも怪しくなってくる。

ヴェニスでは運河近くの宿が高いようで、映画のようにチェックインも荷物をゴンドラで運び入れてというスタイルが優雅なように思われているようだったが、うちの夫は泳げないせいもあり、ゴンドラには救命胴衣がないという理由で乗ることは無かった。

相手はプロなのでありえないと思うけれど、もしゴンドラから荷物がボチャン!そして水底に沈んでいくPC……なんてことになったらと想像するだけで憂鬱な気分になってしまうということもあり、私も水都のゴンドラは見るだけに留めておくことにした。

まあ、でも蛙と名乗っている割には私もそれ程泳ぎが得意でないのでちょっと怖かったというのもある。

えびの尾
えびの尾

ヴェニスの海の色は何か色んな物を飲み込んでしまう魔性が潜んでいるような気がしてしまうのだ。

のんびりとお散歩気分で、宿から30分ほど歩くとお目当てのスーパーマーケットに辿り着いた。

お客は観光客と地元の人とで半々くらいのように見え、何もかもがホテル近辺の店と比べると安く、値段は半値以下から3分の1ほどだった。

ホテル周辺の店はやはり観光客向けの値段だったのだなと思いながら、日焼け止めと夫は3ℓボトルの水やパン、サラミやクッキーを買っていた。

私はイタリアの国の形をしたボトルに入った檸檬リキュールの瓶を買おうと思ったが、夫に止められてしまった。

「それ、甘いリキュールだけど買うの?」

「レモンのリキュールを炭酸水で割って、ホテルで飲んだら美味しそうだなと思って」

「でもそれ、シチリアって書いてあるでしょ。今回の旅は後半にシチリアに行くんだよ」

「そうだった……。じゃ、お土産用ってことでどうかな?」

「いや、だったらシチリアに入ってから買おうよ。機内持ち込み出来ないし、このあとフィレンツェに行って、ローマに行った後にシチリアに向うんだよ」

「それもそうだった」

私は檸檬リキュールの瓶をそっと戻し、夫と共にレジに向かった。

いつだって私の発想は行き当たりばったりであり、夫の指摘は正しいのだ。

スーパーマーケット内は100%イタリア語で、店内で何がどこにあるかは、イタリア語の単語辞書を引きながら聞くしかなかった。

そんなわけで、当然レジもイタリア語で早口で金額を告げられ財布を手にポカンとしていると、近くにあったチラシの裏にさっと数字を書きこんでくれた。

アラビア数字の表記に感謝しお金を払い終え私達は水や食料を手に、えっちらおっちらとホテルに戻った。

ヴェニスにある井戸は現在使われていないので、全て固い蓋で閉ざされている。

その蓋に色んな落書きがしてあった。大抵は意味不明なぐちゃぐちゃした線の落書きだったが、時々愛の告白めいた文章の落書きなんかもあり、眺めるだけでも面白かった。

ホテルに戻り昼前に外に出ると、日差しは今日も予想通りというか焼けるように強くて歩いている人もまばらだった。

サンマルコ広場もひと気がなく、憎い思い出のある鳩も椅子の影に入って日差しを避けていた。

中には噴水でパシャパシャと水浴びをしている鳩もいたが、眺めていると取って食われるとでも思ったのか、水の飛沫を強い日差しの中散らしながらどこかへ飛び去って行った。

早くもシエスタの休みに入っている店舗もあったけれど、閉まっている店のショーウィンドウを見るのも楽しく、歩いているうちに素敵な装丁屋を見つけた。

どれも手作り感あふれる装丁本が飾られており、こんな店が家の近所にあればいいのにと思いながら日陰が恋しくなって来たので近くにあったカフェに入った。

夫と私はそこでカプチーノとレタスと生ハムの挟まった、表面のカリッと焼き上がったハンバーガーのような形ものを頼んだ。

これもパニーニの一種なんだろうか、どれも美味しくイタリアという国は何を食べても美味しいんじゃないかなという期待で満足しながら、一度ホテルに戻り日焼け止めを塗ってから正午過ぎに外に出た。

時差ボケも治り、夫婦そろって元気だったので暑さに負けず少しくらい観光しなければ損したような気分になってしまうことへの恐れからだったのだが、案の定夕方頃にはしなびた瓜のように延びてしまった。

スーパーで買った日焼け止めは何故か塗ると黄色い油に変わり、白いシャツに少し色移りしたのが残念だったが、日差しは幸いなことにガッチリとブロックしてくれた。

溜息の橋や海軍博物館を見て、ぼんやりと疲れた体で入った店で飲んだビールと海老にパン粉をつけて焼いたつまみは何とも美味しく、とても贅沢をしている気分になった。

ヴェニスの町の人々は皆宵っ張りで、夜に体に堪った疲れと熱もほどほどに抜けた頃に外に出てパスタやリゾットを食べた。 

パスタはカレー風味で、冷たい白ワインととてもよく合った。

リゾットは疲れた体に優しい味で、あっという間に平らげてしまいデザートに苺のムースまで頼んで食べてしまった。

夫は生絞りの苺ジュースを頼み、ビタミンを補給出来たからか食事のおかげか2人ともたちまち元気を取り戻すことが出来た。

横のテーブルではサングラスをかけたカッコいいお婆さんが、一人で山盛りのムール貝を肴にワインを飲んでいた。

この町に来てから何故か一人でかっこよく食事を楽しむ、サングラスの似合うお婆さんの姿を何度も目にした。

皆、映画の名優のように味わいがある姿で食事と一人でいる自由を楽しんでいるようだった。

デザートを味わった後に、甘いワインを食後酒としてチビチビ飲んでいると、アコーディオンとギターと歌手の3人組の楽団がやって来て側で生演奏を始めた。

それがなんとまあ、とぎれとぎれの演奏でつい最近楽器を弾きはじめてやってみましたというような楽団で面白かった。

お父さんが3人集まって挑戦してみていまーす(はぁと)という感じだったのだが、皆楽しそうに演奏し、間違いながらも気持ちよさそうに歌っていた。

曲のレパートリーは多くないらしく、何故かナポリ民謡のサンタルチアとカンツォーネと、もう一曲は私の知らない民謡らしき歌を繰り返し演奏し終わった。

そんな彼らでも演奏が終わるごとに拍手がおこり、チップをあげる客もいた。

これもヴェニスの魔力のせいかもしれない。

まだ夜は長い。

オマケ~ヴェニスの市場

市場の品々、開いているのは午前中だけ
市場の品々、開いているのは午前中だけ

新鮮な海産物達
新鮮な海産物達

うなぎ
うなぎ

コウイカ?
コウイカ?

シャコと海草?
シャコと海草?

カタツムリが浮いている
カタツムリが浮いている

うじゃうじゃ<
うじゃうじゃ<

野菜と果物
野菜と果物

ズッキーニの花
ズッキーニの花

数少ない肉屋さん
数少ない肉屋さん

市場近くのお店
市場近くのお店

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