ホーム 『コトバの家』ねじめ正一 第一回 定住の人・高島茂と、漂流の人・高橋鏡太郎 Page 7

『俳人風狂列伝』――石川桂郎――の高橋鏡太郎の章を読んでいたら父の「ねじめ正也」という名前が出てきた。わずか一行のセンテンスの中に名前が出てきただけなのだが、自分の父親の名前が本の中に登場するのは嬉しかった。だが、その嬉しさも読み進むにつれて、あれよあれよという間に消えてしまった。

それは、私が、亡くなる前の鏡太郎さんに、私の父が取った態度を知っていたからだ。

鏡太郎さんは市谷の崖から落ちて死んだ。その何日か前から鏡太郎さんは行方不明になっていて、高島茂さんは必死に鏡太郎さんを捜していた。

それに比べ父は、鏡太郎さんがまたどこかにふらふら出かけていって、誰彼に迷惑をかけながら、世話になっているのだろうというくらいにしか思っていなかった。

父は、まさか鏡太郎さんが死ぬとは思っていなかった。だから、亡くなった知らせを聞いたとき、父は驚愕し、鏡太郎さんに対して愛情がなかったことを悔いた。

それからの父の酒の飲み方は、尋常ではなかった。毎夜酒を呑みに出かけ、べろんべろんになって明け方帰ってくる。仕事もせずに布団を被って一日中寝ているのだが、夜になると、布団から起き上がってまた酒を呑みに出かけていった。

鏡太郎さんが亡くなって初めて、父は自分にとって鏡太郎さんがどれほど大切な存在であったのか気づいたのである。

子供心にも、鏡太郎さんはどうしようないダメなおとなだと思えたが、そんな鏡太郎さんのことを、高島さんは一番面倒をみた。

鏡太郎さんが汚ければ風呂も入れたし、食事も食べさせたし、酒も飲ませ、家にも泊めて、最後は鏡太郎さんの葬式の面倒まで見たのだ。

そこまで高島さんは鏡太郎さんと付き合ったのに、「高島が甘やかすから鏡太郎はあんな死に方をしたんだ」と悪く言う人もいた。高島さんは戦後、新宿を拠点にしていたヤクザたちに、高島さんの土地と店を取られそうになったとき、一人体を張って闘い、守り抜いた人だ。ヤクザの脅しなんか糞くらえであった。「オレが今まで見てきた人の中で、いちばん喧嘩が強かったのが高島だ」と父から何度も聞かされていた。

私が小学校4年生のクリスマスの日に高島さんがケーキを買って乾物屋にやってきたことがあった。私は嬉しかった。ケーキなんぞ普段食べたことはない。心ウキウキしていたら、父は高島さんに「オレの家が貧乏だからといってバカにするな」と怒鳴ると、そのケーキを箱ごと高島さんに投げつけたのだ。そうなると、高島さんも怒りに火がついて、私がいようと母がいようと構わず、取っ組み合いの喧嘩になったのだ。

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