ホーム 『コトバの家』ねじめ正一 第一回 定住の人・高島茂と、漂流の人・高橋鏡太郎 Page 5

私は20年ほど前、鏡太郎さんのことを書きたくていろいろな人に会ったことがあった。俳句関係の人が多かったが、ほとんどの人が鏡太郎さんのことを気持ち悪く思っていて、関わるのを嫌がっていた。俳壇の人の中で、生前の鏡太郎さんとちゃんと付き合った人は少なかった。俳句雑誌などで活躍している重鎮でさえも、鏡太郎さんとは無縁であった。

平成7年11月、俳人の鈴木真砂女さんとNHKの朝の番組でご一緒したことがあった。番組終了後、控室で、句集『都鳥』を真砂女さんからいただいた。鏡太郎さんと真砂女さんは『春燈』の同人だったので、「鏡太郎さんは本当に久保田万太郎さんの奥さんを口説いて破門になったのか」とか、「鏡太郎さんはお金ほしさに靴磨きの女性と嘘の結婚をして、祝い金をせしめた」とか、いろいろなエピソードについて、それが本当なのか、嘘なのか、聞きたかったのだが、私が鏡太郎さんの名前を出した途端、眞砂女さんは悲しい顔つきになって、「鏡太郎さんが昔、私の実家の鴨川の旅館に泊まりにきたんですけど、一か月以上お金を払わずに泊まり続けて、『鏡さん、お願いだから帰って頂戴』と頭を下げてお願いしても帰ってくれなかったんですよ」

眞砂女さんは鏡太郎さんにおもいっきり迷惑をかけられたので、思い出したくもないという顔付であった。

でも、そのとき、私は鏡太郎さんは相手を選んで迷惑をかけたのではなく、誰にもみんなに、平等に迷惑をかけていたことがよくわかった。そういう意味では本当の無頼であったことは間違いない。

真砂女さんにお会いした同じ年に音楽家の小林亜星さんが学生時代に鏡太郎さんを見たさに新宿「ボルガ」に通っていたことを雑誌に書いていた。

そのうち、亜星さんに会って、鏡太郎さんについて聞きたいと思っていたのだが、時間ばかり過ぎていって5年後に思い切って亜星さんの事務所に電話をしたら、二つ返事で会ってくれたのであった。

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