ホーム 『日本全国津々うりゃうりゃ〈休暇強奪編〉』宮田珠己 第19回 鹿児島1 Page 2

梅雨のある日の朝9時、われわれは鹿児島中央駅で待ち合わせた。

先日までは大雨で警報も出ていたようだが、この日は晴れていた。私が鹿児島に降り立ってから晴れだしたのである。やはり日頃から晴れ男の修練を欠かさなかったことが勝因だ。晴れ男の修練法については何度もエッセイに書いているのでここでは割愛するが、テレメンテイコ女史も「神懸ってますね」と私の晴れ男っぷりに驚いていた(自慢)。

レンタカーを借りて、まずは市立美術館の敷地にある持明院様(じめさあ)を見にいく。

持明院様というのは、島津家16代義久の娘島津亀寿の石像で、『石ってふしぎ』(市川礼子著、柏書房、2016年)という本で見て以来、ずっと気になっていた。ダルマのような軟体動物的な岩に顔だけくっついている変な姿なのだ。それこそ突然「けけけけ!」とかしゃべりだしてもふしぎじゃない。

美術館の開館時間を待って訪ねると、それは植え込みの中に突然ぽつんと置かれていた。

岩に浮き上がる顔が、唐突でおかしい。よく見ると顔だけでなく一応は体も彫ってあるようだ。全身苔むして緑色になっている。

「飛鳥の石像に似てますね」

飛鳥の石像というのは、奈良県の飛鳥地方に残る謎の像で、僧や女性の姿を彫ったものとされているが、実物を見た限りでは、人間とは思えぬ像だった。まるで怪獣のようなのである。

持明院は実在の人物であり、そもそも女性なのだから、なにもこんなふうに岩に彫ることはないと思う。銅像とか木像で、もっと人間の形にしてやることはできなかったのであろうか。

看板に説明書きがあり、こんなことが書かれていた。

「器量には恵まれませんでしたが、その人間性が尊敬され、人々は『器量はすぐれずとも、心優しく幸せな家庭を築いた』夫人の人柄を慕い、毎年10月5日の命日には、この像におしろいや口紅をぬって、夫人にあやかるようにお参りするならわしが残っています」

って、大きなお世話であろう。ふつうに、人柄がよかったから、と書けばいいのではないか。短い文章のなかに器量が悪い件について2度も書かれている。それで岩に彫られて、顔だけ目立つという、本人には屈辱以外の何ものでもない。

だいたい、よく読めば人柄以外とくに優れた功績が書いてあるわけでもない。ということは、記念すべきは器量と人柄の落差であって、岩に彫りたいぐらいその落差がすごかったと、つまり器量の恵まれなさたるや空前絶後だったと証明したようなものだ。

かわいそうな持明院。

かわいそうだけど、どんな顔だったのか、実物を見てみたいと思ったのである。

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「日本全国津々うりゃうりゃ〈休暇強奪編〉」宮田珠己
第19回 鹿児島1

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