ホーム 『日本全国津々うりゃうりゃ〈休暇強奪編〉』宮田珠己 第15回 四国横断1・2 Page 3

飛びこんだ車内は東京の通勤電車のように満員だった。

足元に置いた自分の荷物のせいでまっすぐに立つことができず、体が少し斜めになってしまう。これは実に腰に良くない体勢であった。直したいのだがちょうどいい位置に足の踏み場がない。このまま児島まで辛抱するしかなさそうである。瀬戸大橋までどのぐらい遠いのか知らないが、一刻も早く進んでくれることを祈るしかなかった。

と思ったら、この電車もちっとも進まなかったのである。ダイヤが乱れているせいで、駅でもなんでもないところで停止。

ううう……こんな場所で。

だったら岡山駅で待ってたほうがよかった。なんかやばい感じがしてきた。

ぎっくり腰がこれほど精神の自由を求めるものだとは予想外のことであった。ずっとこのまま待たなければならないというプレッシャーがますます私を追い詰めた。腰と精神は深く連動しているようだ。せめて新幹線のときのように歩き回れたら……。

あああ、あれがくる、あの恐ろしいグキッというやつが……。

世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランドとはまさにこの瞬間のことを言うのだと思った。この状況をハードボイルドと呼ばずして何と呼ぶのか。

もう終わりだ、と思った瞬間、ガタンといって電車が動き出した。

……おおおお、天の助け!

体勢は変わらないが、前に進んでいるという実感が心を支えた。脳裏にホテルのベッドに横たわる今夜の自分の姿が浮かぶ。それは思いつく限りの最高の天国のように思えた。

と思ったら、駅の間でまたストップ。

ううう、停まるな停まるな。

額に脂汗がにじんでくる。

これで徳島までなんて無事にたどり着けるわけない。悲観的な思いが私を支配した。

そのままどのぐらいたっただろうか、もう時間の感覚もなくなってきた頃、瀬戸大橋がもうすぐ開通の見込みという車内放送が入った。すでに強風は基準値以下に収まり、あとは詰まっている列車を順次前から動かしていくだけだという。

ああ、早くしてくれ。詰まってる電車早くしてくれ。

ただし、この列車は児島で折り返すので高松へ向かう人は乗りかえるようにと申し訳なさそうに車掌はつけくわえた。

あああ、わかったわかった、乗りかえる乗りかえる、乗りかえるから早く動かせ。

そうして必死の思いで耐え忍んだ私の腰は児島駅で別列車に乗りかえ、ようやく瀬戸大橋を渡りきった、やった四国上陸と思ったら、またしても駅じゃない場所で停まって、

「お客様に申しあげます。ただいま宇多津(うだつ)=高松間で架線にビニールが引っ掛かっているとの連絡があり……」

ビ、ビニール袋?

うおりゃあ、気軽に空飛び回ってんじゃねえぞ、ビニール袋。

犬の糞でも詰めて大人しくしてろ!

結局、徳島のホテルに着いたのは、予定より2時間遅れ。終末時計では23時59分。腰はすっかり固まって、明日からの四国横断の旅に思い切り暗雲が垂れこめたのであった。

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