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3.陽気じゃなければ、B級スポットじゃない


この後われわれは、高千穂神社や天岩戸神社(あまのいわとじんじゃ)など、ひととおりの観光スポットを巡ったら、再びバスに乗って延岡に出た。日向灘(ひゅうがなだ)、つまり太平洋に面した町だ。本来なら、ここから海に沿っていろいろ観光しながら南下していきたいところだが、今回は時間がない。

時間がないのは、初日に私がバスの午後便に乗ったからで、午前便に乗っていれば一ヶ所や二ヶ所観光できた可能性がある。しかしあれはテレメンテイコ女史を救うための処置であったから、やむをえない。

延岡でJRに乗り換えると、われわれは一気に南下して高鍋(たかなべ)へ向かった。

宮崎県と縁遠い私は、そんな地名これまで聞いたこともない。しかし高鍋駅から車で少し行ったところに、われわれがどうしても訪れたかった場所があるのだ。

九州民俗仮面美術館。

私設の美術館だが、その膨大な仮面のコレクションは国に認められ、多くが九州国立博物館に収蔵された。おかげで一時コレクションが減ったものの、その後また着々と集まっていると聞く。

高鍋の駅まで館長の高見乾司(たかみけんじ)さんが迎えにきてくれた。こんなふざけた旅行者なのに、長年九州の仮面と民俗の研究に携わってきたその世界の第一人者に、わざわざ駅まで迎えに来てもらい、大変恐縮であった。

車でどのぐらい走っただろうか、その美術館は、森の中に静かに建っていた。なるほど公共の交通機関でここまで来るのは至難の業だ。迎えに来てもらわなければ、たどり着けなかったかもしれない。

美術館といっても、外見はものものしいものではなく、大きめの古民家といった感じである。中に入ると、壁や天井にたくさんの仮面が懸かっていた。

どちらも九州民俗仮面美術館の仮面
どちらも九州民俗仮面美術館の仮面

ほとんどが神楽面(かぐらめん)とのこと。

おお、「おもて様」! 

私が見たかった「おもて様」が、こんなところに大集結していた。

たくさんの仮面に見つめられ、背中がぞくぞくする。

幼い頃からの仮面好きでありながら、これまではチベットやアフリカやニューギニアの仮面などに比べて、日本の仮面は地味に思えてあまり熱心に見てこなかった私だが、今はその地味さにこそ味わいが感じられる。アフリカやニューギニアは、わざとウケ狙っているんじゃないかと思うほどだ。

アフリカやニューギニアの仮面
アフリカやニューギニアの仮面

神楽には平安時代が残っている、と高見さんは言った。

その舞いは古事記をベースにしており、その意味では大和王権の物語だが、実は土地の神々による不服従の精神が貫かれているとのこと。たとえば鼻の曲がった仮面は、支配者に挨拶する先住民の姿を表しているそうだ。そんな話はまったく知らなかった。

そのほか、目のところに穴が開いていない仮面は、守護面といって、倒した敵の霊が祟らないように敵の霊を封じ込めたものだとか、鹿児島では明治時代に、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)によってこうした伝統が徹底的に破壊されてしまったなどというお話を聞いていると、神楽の背景や土地の歴史をもっと知りたくなってくる。もともとは仮面の持つ異様な雰囲気を面白がっていただけだったが、だんだん自分は考古学者を目指すべきでなかったか、という気持ちになってきた。

そういえば以前海辺でいい感じの石ころを拾っていたときは地質学者になるべきだったと思ったし、シュノーケリングで海の生きものを見ていたときは生物学者になればよかったと思ったが、本当は考古学者だった、今はそんな気がする。

「神楽は、世界のどこに出しても恥ずかしくない総合芸術です」

高見さんの熱い言葉を胸に、われわれはふたたび駅まで送ってもらい、恐縮しつつ別れを告げた。

短い見学時間だったにもかかわらず、私はすっかり感化され、よし、大人になったら、考古学者になるぞ! という強い思いに突き動かされたのだったが、ホテルのユニットバスで、洗面台の鏡に映っていたのは、大人も大人、白髪交じりのおっさんの顔で、営業時間は終了しました、またのご来店をお待ちしています、とおでこに書いてあったのだった。

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