ホーム 『日本全国津々うりゃうりゃ〈仕事逃亡編〉』宮田珠己 第17回 宮崎1・2 Page 5

私はゆっくりと上流の門のほうへ漕いでいった。

果たしてこの門の先にどのような世界が待っているのか期待が高まる。長い長い年月を経て、ついにここにやってきた。

私は確信するのだが、おそらくここが、日本手漕ぎボートに乗って面白いスポット・ナンバーワンだろう、そう断定して差し支えない。

多摩川だとか、仁川ピクニックセンターだとか、どこかの城のお濠だとか、貸しボートというのは全国そこらじゅうにあるけれど、たいていのスポットは、乗り場から乗れる範囲が全部見えてがっかりである。見えているなら、わざわざボートに乗って行く必要がない。しかも行ける範囲が四角かったり、丸いだけだったりする。そんな場所でボートに乗る意味がわからない。

手漕ぎボートに乗るのは、探検したいがために乗るのである。

そりゃ、公園やお濠で探検といったところでたかが知れているというか、本当の探検でないのは百も承知だ。しかし人は、疑似体験として、複雑に入り組んだ水面を、あの先を曲がればそこに待つのは黄金郷エルドラドか! はたまたワニの襲撃か! 手に汗握る大冒険! ってことで、そういう妄想を味わうために手漕ぎボートに乗るわけなのだ。それなのに池丸くてどうする。長方形のお濠でいったいどこを探検せよというのか。乗り場から全体が見えて、どこに未知の世界が待っているのか。

そういう本質をわかっていない貸しボートが多いなか、見よ! この高千穂峡の、この門。

ワーハッハ、ワーハッハ。

いかにもインディ・ジョーンズなシチュエーション。いったいこの先にどんな魔境が待っているか、探検への期待は膨らむ一方だ。

そしてそれこそが手漕ぎボートがここにある意味であり、世の貸しボートは、一度ここに来て真の貸しボートとはどういうものなのか、その目でとっくと確かめるがよい。

高千穂は、神々の聖地、パワースポットであると同時に、手漕ぎボートの聖地でもあるのだ。

前のページ

次のページ

「日本全国津々うりゃうりゃ〈仕事逃亡編〉」宮田珠己
第17回 宮崎1・2

目次  1   2   3   4   5  6