ホーム 『ラヴァーズ・ハイ』カニリカ 第3話『豪遊する女たち』 Page 3

「ママ、どうしたの? ママがいないと始まらないわー」

「あー、ごめんなさいね。ほら、何せ准はご指名ナンバーワンの人気者だから。今お願いしていたのよ、こちらのお客様に……」

慌てているミミとは正反対に、堂々と落ち着きはらったその女性は、いきなり陶子に握手を求めてきた。

「はじめまして。私、山辺沙由美です。せっかくだから、向こうのテーブルで一緒に飲まない? 今日は全部私がおごるわ」

陶子がおずおずとその握手に答えると、沙由美はさっきよりもさらにさわやかな笑顔ではっきりとこう言った。

「あなたとはとても話が合いそうな気がするの。私のカンは当たるのよ、ママ。さ、一緒に飲みましょうよ。ね!」

気が合うわけがない、ということは彼女の手のひらの汗でもわかる。だが、飛んで火にいる夏の虫とはこういうことか、と陶子はほくそ笑んだ。近づく戦略を立てなくても、向こうから来てくれた。こんなチャンスを逃さない手はない。

長年の取材の経験で、陶子は沙由美が相当なつわものであることはすぐわかった。向こうが芝居を打ってくるなら、こっちも乗っかってやろう。

「え、いいんですか? 私もお邪魔しちゃって。ホントに?」

うれしいという表情をして、ミミを見ると誰よりも喜んでいるのは他ならぬミミだ。

「そうよ、今夜はみんなで愉しく飲みましょ。陶子ちゃん、話がわかるわー。さすがー」

「わー、それは楽しそうですね。今夜はみんなで飲みましょう」

そう言って、准が沙由美の腰にやさしく手を回すのを陶子はしっかり目撃した。一緒に飲むのを喜んでいるという風に受け取られたのだろうか。それともどこまでが芝居なのか。准の本意がつかめなかったが、陶子はまずは取材だと、気持ちを切り替えた。

三人のリーダー的存在はやはり陶子を誘った沙由美だった。彼女は准とうれしそうに腕を組んで、自分たちのテーブルに戻り、准を当たり前のように自分の横に座らせた。そして、大きな笑顔で陶子を招き入れた。沙由美のこの口角を思いっきり上げる笑顔がやけに印象的で、陶子の脳に映像として焼きついた。

「やり手の営業ウーマンなのかしら」

陶子がその口角をつい見つめていると、沙由美は大声を響かせた。

「こちら、えーと何さんだっけ?」

「桐谷です」

「キリヤさん。ジューンのお友達よねっ? 今日は一緒に飲むことにしたから、皆さん仲よくね」

「お仕事は? 何をされてるの?」

「商事会社のOLです」

「あら、ステキ! こちらはねえ……」

「ステキ」という言葉にまったく気持ちがこもっていないのは明白だったが、その見え透き加減が陶子にとっては痛快だった。

陶子が聞くまでもなく、同席していた二人を沙由美は詳しく紹介した。それは言い換えれば、我々は違う人種なんだと強調されているようでもあった。

プラダのジャージを着こなしているすらっとした女性は原口麻耶といい、元モデルで夫はサッカー選手だという。現在は料理教室を主宰している、まるで絵に描いたようなセレブで、たびたび女性誌に登場しているらしい。美人で、夫がスポーツ選手で、料理が上手とくれば、一般の女性が憧れるのも無理はない。他の二人とは違う華やかさが麻耶にはあった。

もう一人のふくよかな小柄の女性は、下条さつきという名前だった。近くで見ると決して美人ではないのだが、全身お金をかけてます、というのがよくわかる外見だ。きれいに巻かれた縦ロールのヘア。色白でしっとりとしたもち肌。綺麗に手入れされた一本一本の指と爪。沙由美によれば、副都心界隈で一、二を争う大地主がご主人だという。専業主婦でありながら、毎日チャリティの手伝いなどで忙しいというから、セレブの上にさらに「超」がつく金持ちかもしれない。

そして、沙由美自身は手短にテレビの制作会社を経営していると語り、いくつかバラエティ番組の題名を挙げた。

「それ、知ってる! 僕、よく見るよ」

「あれ、面白いっすよねー」

参加しやすい話題が出て、ボーイたちははしゃぎはじめた。

「制作会社の社長……。だから、営業スマイルがうまいのか」

陶子は笑顔の謎から離れられないでいると、沙由美は最後に付け加えた。

「私はワーカホリックだから、独身なの」

他人のことは褒めちぎる沙由美が、自分のことは自嘲気味に多くを語ろうとしない。そこが陶子のアンテナを刺激した。

だが、何よりも不思議だったのは、なぜこんなセレブマダムたちがボーイズバーに来ているのか、ということだ。編集長の映子が「おもしろい客がたくさん来るわよー」と言っていたのを陶子は思い出した。

三人のマダムの周りにはべらされたボーイたちの中には、この女性たちの素性を初めて知った男の子もどうやらいたようで、彼らは思いがけない金ヅルに出会ったと目を輝やかせていた。そして、必死にマダムたちにサービスをしていた。

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「ラヴァーズ・ハイ」カニリカ
第3話『豪遊する女たち』

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