ホーム 『ラヴァーズ・ハイ』カニリカ 第3話『豪遊する女たち』 Page 2

だが、瞬く間にそのリズムが壊された。にぎやかな歓声と共に、店のドアが開いた。

「もぅー。やーね! そんなんじゃないわよー」

ミミを先頭にドドっと三人の女性が、はしゃぎながら入ってきた。きつい香水とタバコの香りが入り混じって、ツンと陶子の鼻をついた。

入ってきた彼女たちの顔を見て、一瞬准の表情が曇ったのを陶子は見逃さなかった。だが、准はすぐ立ち上がってミミに声をかけた。

「お帰りなさい。陶子さん、いらしてます」

「あらー! 来てくれたのー。ありがとう」

だが、今日はそれどころではない、という顔をミミはしていた。どうやら三人の女性がかなりの常連客であることは、ミミの気の使い方で陶子にも手に取るようにわかった。

三人は店のVIP席である、奥のテーブルに通され、あっという間に三人を大勢のボーイたちが囲んだ。テーブルの上にはどこに隠してあったのか、シャンパンとグラスが置かれた。

彼女たちの年齢はどう見てもアラフォー、というか四十代は確実のようだ。三人とも身にまとっているものがゴージャスで、平凡な主婦やOLでないことは一目瞭然だった。

プラダの黒いジャージ・スーツでまとめた背が高くすらっとした女性に、しっかり縦ロールヘアの小柄でふくよかなマダム。だが、三人のボスは明らかに、さっきから大声で話しているいかにもキャリアウーマンというスーツスタイルの女性だ。

彼女たちがこの店にかなり金を落としているのは、ミミとボーイたちの態度でよくわかった。それまで「ボーイズバーはホストクラブとはまったく異質のもの」と思っていた陶子だったが、その印象もこの女性トリオを見て、どこかへ吹き飛んだ。

彼女たちの遊び方には「豪遊」という言葉がぴったり当てはまる。まるでバブル時代のオヤジか、日本版〈セックス・アンド・ザ・シティ〉の豪快さがあった。それは他人として客観的に見ている分にはとても興味深い。

「あらあら、ホストクラブみたいになったわね」

陶子がつい笑って、そうこぼすと、准は少し困った顔になったが、その表情がまた魅惑的だった。

「どうしたの? 准君」

准の答えを待つ前に、その理由が明らかにされた。

「ジューン、こっち、こっち!」

三人の中でもとびきり派手な装いの女性が大声で手招いた。准は突然、陶子の耳元で囁いた。

「今日は僕をステイで指名したことにしてくださいね。お金は僕が払いますから」

「え?」

陶子は格好の取材対象として、何とか彼女たちに近づけないかと狙っていたが、その機会は思いがけず向こうからやってきた。陶子が指名して一緒に話していた准は、どうやらそのキャリアウーマンのお気に入りであるらしく、テーブルに准が参加しないことに不満らしい。

陶子が准と話していると、その女性はママのミミに耳打ちし、ミミは血相を変えて准のもとにやってきた。

「ちょっと、准」

手招きされた准は「来たか」という顔をして、「はい」とすぐミミの傍にいった。二人は何やらコソコソ話していたが、明らかに准の表情が硬くなっていくのがわかった。

ミミは准がテーブルに戻るよりも先に、陶子の横に腰かけてきた。そして、これ以上はないという精一杯の作り笑顔で話しかけてきた。

「ねえ、トウコちゃんって言ったっけ。今日、准をステイで指名したそうだけど、今度必ずあなたを最優先するから、今日のステイだけは諦めてくれない?」

陶子は何が何だかわからずポカンとしていると、何を勘違いしたのか、ミミはさらに畳みかけてきた。

「ね、じゃ、こうしましょ。今度、陶子ちゃんの好きな日に、特別にロングの料金でステイさせてあげる。普段は絶対こんなことしないの。陶子ちゃんだけトックベツよ!」

“トックベツ”という言葉だけがやけに耳に残り、何となく飲み込めてきた陶子がチラっと准に目をやると准はミミにわからないように「お願い」といった顔つきでこっそり手を合わせていた。

陶子が口を開こうとすると、待ちきれなかったミミはさらにまくし立てた。

「もう、わかった。ショートの料金でいいからっ。ショートで今度ステイを一回サービスするから。今日は准を諦めてっ」

「……はあ」

するともう一人待ちきれない女がツカツカとそのテーブルにやってきた。先ほどのキャリアウーマン風の女性だ。

「ジューン、元気?」

准が身を硬くするよりも早く、その女性は准の肩を抱き、いかにも「私たちは仲が良い」という態度を取った。そして、大きくにっこりと陶子に微笑みかけてきた。陶子に見せつけているのは明らかなのだが、彼女は必死なんだと痛いほど感じた。この女性は准に惚れている。

女というのは不思議な生き物で、興味のない男性だと何人でその男を囲もうが穏やかに会話ができるが、その中にたった一人でも恋のライバルがいると、空中でその感情が交差する。

一瞬の目の動きや声の湿り気具合で、「この女も彼に惚れている」とわかってしまう。だから、お互いの気持ちが刺さって、痛い。いや、わざと強く刺してくる女性もいるほどだ。恋をしていないときは、誰がどの男を好きであろうが、どうでもいいのに。

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「ラヴァーズ・ハイ」カニリカ
第3話『豪遊する女たち』

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