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第3話『豪遊する女たち』

数日後、陶子は一人で「バタフライ」に行くことにした。自然に振舞うために、自分の筋書きを事前にある程度作っておいて。

“私は商事会社のベテランOLで、かつての会社の先輩だった映子に連れられて店を訪れたが、居心地がとても良かったので、また一人で飲みに来た。今は特に彼氏もいないので、若い男の子たちと楽しく飲みたい……”という具合だ。

果たして、商事会社の一介のOLがボーイたちに根堀り葉堀り質問するかどうかが怪しいところだが、そこは以前映子が「質問攻めのクセがある」と前フリをしておいてくれたので、何とか誤魔化せるだろう。

陶子が再び店を訪れたのは平日の夜九時過ぎ。ドアを開けるとボーイたちが一斉に立ち並ぶ、あの光景がまた目に飛び込んできた。

「この景色は何度見ても壮観ね」と瞬間的に感じた。若い男の子だけが発している独特の体臭やエネルギーや尖った感情みたいなものが混ざりあって、キラキラした発光体となっている。若いアイドルのステージを見にいくとよく目の当たりにする、あれに近いものがある。

だが、目を転じるとテーブルには客はほとんどいなくて、店内はガランとしていた。

「ちょっと早すぎたかな」

少し戸惑って立っていると、ほのかに陶子の鼻を淡いムスクの香りがくすぐった。准が察して、すぐに近づいてきてくれたのだ。

「陶子さん、いらっしゃい。また来てくれたんですね」

このあいだは初めて会ったからか、それとも店の匂いに馴染んでしまったせいか、彼がコロンをまとっていることすら気づかなかった。

陶子は他の人よりもちょっとだけ嗅覚が鋭い。だから、つい人を香りで覚えてしまうことがある。そのため、恋人と別れた後に、同じコロンをつけている人に電車で会ったりすると、条件反射的に涙が出てしまった、なんてつらい経験もあるくらいだ。

「今日はどうしますか?」

近くに来て、准はムスク系をつけていることを確認し、なぜか胸がざわついた。好みの香りだ。その胸の内を悟られまいと、陶子はわざと明るく話しかけた。

「准君を指名しちゃっていいのかな? あれ、ママは?」

「今、ちょっとお客さまを迎えにいっていて。すぐ戻りますよ。あ、もちろん僕じゃなくてもいいんで。誰でも好きな人選んでくださいね」

そう言って、准は優しく微笑んだ。この押し付けがましくないところが、ちょうどよすぎる。

「もちろん、准君をお願いするわ」

「ありがとう。うれしいな」

さらににっこり微笑んで、准は慣れた手つきで陶子の背中を柔らかく押して、テーブルへと案内した。触っているのか、いないのか。この微妙なエスコートの仕方も女心をくすぐる。一体この若さで、いつこんなことをマスターしたのか、と陶子は感心した。

かつて歌舞伎町のホストクラブに連れていかれたときに、店に入ってすぐにべったりと腰に手を回してエスコートしたヤンキーなお兄ちゃんを思い出して、陶子は思わず笑ってしまった。

「陶子さん、今日は何だか楽しそうですね」

キープしたボトルとグラスを持ってきながら、准もうれしそうに隣に腰かけた。

「この前のボトルでいいですか?」

「うん、緑茶割りでお願い……」

准は緑茶割を作りながら、陶子の少し不安げな表情を読み取ることも忘れなかった。

「誰か、他にも呼びましょうか?」

「あ、とりあえず、いい。准君と話したい」

陶子は不安だったのではなく、どのあたりから話を聞きだそうかと少々緊張していた。というのも、准がすぐこちらの心理を読み取るのではないかと心配していたからだ。

この前一度話しただけだが、彼は頭の回転が速い。気のせいかもしれないが、たまにすべてを見透かしているような鋭さを感じさせる。真っ直ぐに人の目を見つめながら、真っ直ぐに人の心に向かって入ってくる。

取材が目的で来ているとバレてしまうのではないか。そうなると、すごく彼を怒らせてしまうのではないか、となぜか不安だった。

別にこちらは金を払っている客なのだから、何をしようが自由だというのに、陶子はすでに准のことを気にしはじめていた。

一方、准は陶子がこういう店に不慣れで緊張しているのだと察し、上手に彼女の緊張を解きほぐしていった。ホストだとあれこれ聞いてくるのだが、ここのボーイは、普通の男の子と話すのとほとんど変わらない。中でも特に准は相手との距離感の保ち方が上手だ。つかず離れず。嫌がることや押し付けがましいことは一切しない。だから、店でもナンバーワンだった。

二人はどちらからともなく、最近観た映画の話や本の話をし、二人で静かに会話を愉しんだ。

それが陶子にとって、とても心地よかった。准はいろいろな本を読んでいたし、映画にも詳しかった。陶子は「二丁目のボーイズバーにいる」なんてことはすっかり忘れていた。

彼とはリズムが合うんだわ。会話の波に自然に体を委ねた。

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