ホーム 『ラヴァーズ・ハイ』カニリカ 第1話『雨の匂い』 Page 5

金曜の夜、編集長の映子と新宿三丁目のワインバーで待ち合わせをして、二人は軽く一杯ずつシャンパンを飲んだ。

「ボーイズバーは焼酎くらいしかないけどね。まあ、イヤなら外で飲めばいいし」

会計をさっさと済ませ、映子はいつもと変わらない様子でその店に向かった。

陶子は二丁目には慣れているものの、さすがに「ウリセン」は初めてなので、ちょっと緊張しながら歩いた。

「顔が硬いよ、陶子」

映子は笑って、陶子の頬を引っ張った。

「別に若い男の子と飲んで話すだけなんだから」

二丁目には数え切れないほどのゲイバーがある。

外観や看板だけでは、その店がどういった傾向の店かはよくわからない。いわゆるオカマバーもあれば、女性が入れないホモバー、ショーパブ、レズビアンバー、クラブと色々だ。

この二丁目にウリセンのボーイズバーがあるとは、今回の取材で調べるまでは知らなかった。

ドアの「会員制」と書かれたプレートにも驚いた。

「会員制なんですか、ここ?」

「形だけよ。そう書かないと、誰でも彼でも入ってきちゃうでしょ」

映子は慣れた手つきで、思い切りよく重いドアを開けた。

「いらっしゃいませ〜!!」

ママらしき人の野太い声がかかると、一斉に店の中の男の子たちが立ち上がって二人を出迎えた。

軽く三十人は超える若いボーイズが、一列に並んで行儀よく立っていた。

二丁目で飲むといえば、いわゆるオカマバーしか知らなかった陶子は、「バタフライ」の一種異様なムードに軽いめまいを覚えた。

どことなくエロティック。なんとなくミステリアス。     

それは、この並んでいるボーイズたちから立ちのぼるフェロモンなのか。

彼らが一斉に立ち上がったのには理由があった。指名が欲しくて、必死にアピールしていたのだ。

店のシステムは簡単だった。

ドリンクはどれも一杯千円前後と安く、チャージは取らない。

そして、気になるボーイを指名してテーブルに呼ぶ。彼らのドリンク代も客が払うのだが、飲みながら話をして、どのボーイにするか決める。

あとは、その決めたボーイとどこに行こうが勝手というわけだが、連れ出す時間で料金が異なる。

ショート(一時間)なら一万二千円。

ロング(二時間)なら二万円。

そして、泊まりのステイなら三万円(但し朝の十時まで)といった具合だ。

「大体、他の店もこんな相場よ。でもね、安いところはいいコがいないかもぉー」

ママのミミは丁寧に説明してくれた。

「誰でもいいのよ。気に入ったコがいたら呼んであげてぇー」

ミミがそう言うと、映子は付け加えた。

「この人、こんなところ初めてだから、緊張しちゃってるの。いいのよ、陶子。私のことは気にせずにビビビっと来た子を呼べば」

「ビビビってアンタも古いわねぇ〜。ヤダー!!」

二人が笑い合っている間、陶子はその並んで立っているボーイズを端から順番に眺めた。

どの子も似たような感じだなあ、と視線を流していると、あるところでその目が留まった。

ひときわ光を放っているようなボーイがそこにいた。

それはオーラなのか、それともただの照明のせいか。

いつの間にか陶子は指を指していた。

「私、あのコがいい」

「え?」

映子とミミがその指先の方向を見た。

「あら、お目が高いじゃない。彼は今指名ナンバーワンよ。ジュン、いらっしゃい」

ジュンと呼ばれたそのボーイは、切れ長の目が印象的で、まるで十代の頃のディカプリオを更に甘くしたような、端整な顔立ちだった。

ちょっと恥ずかしそうで、それでいて自分の容姿に絶対的な自信を持っている。

そんな雰囲気を漂わせながら、陶子に向ってまっすぐに歩いてきた――。

第2話『美しすぎる横顔』につづく

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第1話『雨の匂い』

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