ホーム 『ラヴァーズ・ハイ』カニリカ 第1話『雨の匂い』 Page 4

陶子はそんな映子の潔さに憧れてはいたが、自分には到底できないと感じていた。

いつもそこまで割り切れないから。

仕事に関してはどうも沸点が低く、すぐ感情に左右されてしまう。

その欠点は陶子にとって情けなく、大嫌いな部分でもあった。

「逆ならいいのに……」

すぐのめりこんでしまう性格だから、その分揺り戻しが激しく、傷つきやすい。

好きになると一途で、周りが全く見えなくなる。

自分がどうやら古風な"尽くす女"のタイプらしい、と知ったのは大学生のときだっただろうか。

周りの同級生たちは男たちの品定めをじっくりして、美味しいところだけさらっていく。

条件のいい恋人とセフレを使い分けるような計算高い付き合いは、陶子には出来なかった。

だから、社会人になって心の底から愛したと信じた相手も妻帯者であり、結局添い遂げることはできなかった。

そして、身も心もぼろぼろに傷ついた。

あんな思いはもう二度としたくない。

あれ以来プライベートでは極端に傷つくのを恐れて、最初から感情に蓋をしてしまう。

だけど、仕事では手を抜くわけにはいかない。

つい夢中になって全力投球しすぎて、人間関係でモメたり、裏切られて傷ついてしまうのだ。

プライベートでは感情に蓋ができるのに、仕事ではその術を知らなかった。

体を壊して会社勤めを辞めたのも、ねじれた人間関係による精神的ダメージからだった。

映子のように割り切って仕事をできれば、今頃自分も出世していたのかなあとよく思う。

なんて自分は不器用なんだろうと嘆かわしくなる。

今回取材対象となる、そのアラフォーの自立した女性たちは陶子とは正反対で、器用に世間という海を優雅に泳いでいるのだろう。

「きっと私とは全然違う人種でしょ。取材で逢わなければ、出会うこともない人たち」

陶子は勝手に彼女たちにそんなレッテルを貼り付けていた。

だが、映子はそんな陶子の思惑に気づくこともなく、矢継ぎ早に質問してきた。

「彼女たちはなぜ男を買うの?」

「若いボーイズにハマる最大の理由は何?」

「彼らに求めているのはカラダだけ?それとも癒し?」

「ダンナや家族にはどうやってバレないようにしてるの?」

「ホストみたいに貢いでいるの?」

陶子はその時、まるで答えの見当がつかなかった。

そして、まさか自分も間もなく彼女たちの仲間入りをするとは、夢にも思っていなかったのである。

「きっと一時のホストブームとは違う理由が何かあると思うのよ。そこを突き止められると、きっと今の自立した女性たちが抱える悩みっていうか、闇を浮き彫りにできるんじゃないかと踏んでるんだけどねぇ……」

まるでパズルを解く子供のように嬉しそうに映子は続けた。

「まっ、まずはその手の店に実際に行ってみないと想像がつかないでしょ。金曜の夜は空いてる?」

「特に予定はありませんけど……」

「そ、じゃあこっちは入稿が十時過ぎには終わるから、その後新宿で待ち合わせしましょ」

「わかりました……」

「それまで、ネットで下調べしておいて。"ウリセン"とか"出張ホスト"で検索かければ、その手のボーイズ、うじゃうじゃ出てくるから」

「え? 女性たちを調べるんじゃ……」

「まずはボーイズに近づいて、それからよ。買う方の女性たちはそこそこ地位や金があるから、そう簡単に身分を明かさないはずよ」

映子に言われるままに、ネットであれこれ検索し、下調べをしたが、現実のボーイズバーは陶子の想像を遥かに超える世界だった。次のページへ

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「ラヴァーズ・ハイ」カニリカ
第1話『雨の匂い』

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