ホーム 『ラヴァーズ・ハイ』カニリカ 第1話『雨の匂い』 Page 2

「雨の匂いって、何かそそるよね……」

 そんな他愛ないことを言って、いきなり肩を抱いてきたのは、何番目の男だったか――。窓ガラスを伝う雨の雫を見ながら、陶子はぼんやり考えた。

この高層マンションに引っ越してから、もうかれこれ五年が経つ。

引越しが面倒で嫌いな陶子は、我慢してこの部屋に住み続けていたけれど、開かない窓はいつもストレスの一つになっていた。

「開かないんだから、匂いなんてわかるわけないじゃない」

心の中でそう呟きながら、そのときは声に出すのすら面倒で、そのままその男に抱かれた。

そして、男との付き合いが始まり、七ヵ月後には自然と関係は消滅していた。

果たしてあれは恋だったのだろうか? 大人の関係というほど、クールでもなかったし。

陶子はいつもそうだった。

体の関係がきっかけで、何となくズルズルと逢うようになり、お互いの家に泊まるようになるが、そのうちに逢う回数が段々減っていき、どちらからともなくフェードアウトしていく。

切なくなるほど逢いたいという気持ちになったことはないし、四六時中想って苦しいなんてこともない。

だから、追いかけないし、追いかけられもしない。

それはまるで、新しいスイーツにとらわれる感覚と似ていた。

銀座のデパ地下で新しいスイーツを見つけて、気に入ると月に何度でも買いに行く。

最初は毎日。それが二日おき、三日おき、週に1回と段々減っていき、気がつくと次のスイーツを探し始めている。

“恋もスイーツも甘美なのは最初だけ”

こんな陳腐なフレーズを思いつき、自分で思わず笑ってしまったことがあった。

食べても食べても飽きない男なんて、きっとこの世には存在しないのだろう。

同性の友人たちからは「なぜ陶子はそんなに恋愛の沸点が高いの?」と不思議がられる。

「好きになる感覚をどこかに置き忘れてきたんじゃない?」とまで揶揄される。

一方で、男友達からはそのクールさが「都合のいい女」として受け入れられることもあり、時たま厄介だった。

陶子にとってはどっちでもよかった。

私の人生なんだから、私の好きなように生きる。それだけのこと。

男との関係がダメになっても「ああ、またか」と小さなため息を一つつけば、済む。

悲しみにくれる沸点もどうやら高くなってしまったらしい。

だけど、そんな彼女でも、いるはずの男が傍らにいないベッドに横たわる時だけは、すごく淋しいと感じた。

少し体をずらして作る隣のスペースがとてつもなく広く思えてしまう。

ベッドの真ん中でのびのびと寝ることが、陶子はいつの間にか出来なくなっている。

「雨ごときでアンニュイになっている場合ではないんだっけ。やっぱり、今日はどうかしてる」

昨夜の出会いはあまりにも刺激が強すぎたのだろうか。

なぜか過去の男の肌の温もりや体臭が、次から次へと陶子の脳の中でフラッシュバックされる。

気持ちを切り替えるために、窓のブラインドを下ろして、今回の事の始まりからゆっくり整理して、反芻してみることにした。

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「ラヴァーズ・ハイ」カニリカ
第1話『雨の匂い』

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