ホーム 『大江戸怪談あやかし絵草子』外薗昌也 その三 あやかしを煮て食いし話 Page 1

『大江戸怪談あやかし絵草子』
外薗昌也


その三 あやかしを煮て食いし話

文化二年のひと際冷える夜半過ぎ。提灯を提げ一人で歩く僧侶の姿があった。

前方に町屋が見えはじめ、人心地ついたのか歩みが遅くなった。すると間もなくわいわいと人の騒ぐ声が聞こえる。戸を開け放ったまま光が漏れている。

「これ、お役人に見つかるぞ」

中では職人ふぜいの男たちが大きな鍋を囲んでいた。

ピチャピチャと何かを食う下卑げびた音が大工道具が転がる薄暗い小屋の中に響き、僧侶は身をすくめた。そうして、しばらくその光景を見つめると、低い声で話しかけた。

「ずいぶんと、豪勢ですな」

着物をはだけ見事な墨の背を向けていた肩幅の大きな男がくるっと振り向いた。

「これはこれは。いえね、いいものが手に入りまして。鍋にして食っているところなんでさあ」

僧侶は屋内に足を踏み入れようとせず戸口に立ったままで問う。

「いいものが手に入った……とはどういうことですかな?」

入れ墨の男は口を拭うと、僧侶へ向かって話を始めた。

「実はね……」


今日の仕事は首尾よく行かなくて、日が落ちてしまったんでさあ。で、仕方なく皆で提灯ちょうちん一張掲げながら、目ん玉回るくらい空きっ腹抱えて夜道を帰ってくると、前に青白く、ぼうっと光るものが見えやした。

よーく見ると家の前にお父が立ってやした。

お父の後ろ姿に嬉しくなって駆け寄ろうとしやしたが、踏みとどまりやした。

よく考えたらこんな所にお父がいるわけありやせん。

のどの病で、今は上州にて療治しているはずなんでさあ。

「なんでこんなところに…?」 と、いぶかしみ首を傾げつつ、よくよく見ると、白い着物を着て、両の手をダラリと下げ、ぼんやりと立ったまんま動きやせん。

「なんかおかしい。何がおかしいんだ?」と、暗い夜道の中、さらによーく見るってえと、なんと、白い衣の腰から下が無い!

「なんだ。なんだ?」とこちらが慌てていると、突然お父が振り向きやした。

振り向いた顔の真ん中にはまん丸な目ん玉が一つ爛々らんらんと輝いてやした! そして……、

    〈けえっ!〉

と甲高い声を張り上げたんでさあ。

びっくりしやしたが……こっちは多勢だ。提灯投げ捨てて駆け寄り見ると様子が違う。

大きな五位鷺ごいさぎでやした。

ええ、間違いなく五位鷺でやしたよ。

とっ捕まえやした。「こいつお父に化けてやがった」って。

ばたばたと物凄い力で足蹴にしてくるもんだから、みんなで押さえつけ、やっとのこさで首を絞めてやった。 往生しやしたよ。


僧侶は黙ったままじっと男の話を聞いていた。

「そういうわけで、こうして鍋にして食ってるわけなんでさあ。お坊さんもどうでがす?生臭ものは駄目ですかね?」

「鍋は駄目でも、般若湯はんにゃとうならイケる口でしょう」

「入った入った。さあさあ」

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