ホーム 『大江戸怪談あやかし絵草子』外薗昌也 その二 鳥殺しの話 Page 2

「ふうん、殺生ねえ」

竿を突く真似をしながら茂吉は返した。

「殺生しないで生きていくのも大変だねえ、お坊さん」

「お前さんわかっておらぬようだな」

老僧は硬い表情を変えぬまま言った。

「鳥には気をつけなさいということじゃ。鳥は恐ろしい」

「こんな話もある……」老僧は新たな話をはじめた。

「その父親は猟師でな、鳥専門の鉄砲撃ちじゃった。そうとうな腕だったようで、評判は隣藩まで届くほどであったそうじゃが……」

「跡取りの一粒種が生まれると、これが生まれつき体が弱く、口がきけなかった」

老僧侶は暗い目を茂吉に向けた。

「それでもすくすく育ち、十くらいになったときのことかな。ふと筆を持たせると、さらさらと鳥を描きはじめた」

「こりゃどうしたことだ。見てみろ」猟師は興奮して女房を呼んだ。

「あれ、どこの絵師さんがお描きになったものですか」

「どこも何も、こいつが描きやがった。誰に習ったんだい?」

じーっと父親の顔を見つめる小さな息子。

子供の描いたそれは羽ばたく烏の絵であった。

「今にも紙から飛び出してきそうだ。まるで生きているようじゃないか」と近所の評判となり、金を払って買おうとする者まで出てきた。

「こいつ売っていいか」

父親の問いに息子は首を強く振った。猟師は不思議に思ったが、頑としてきかない病弱な息子の無言の圧力の前に屈し、絵を売ることをあきらめた。

しかし、絵の評判は領地の殿様の耳に入り、屋敷から使いがやってきた。絵を一枚描いてほしいという領主直々のお達しであった。

これは断れない。父親は息子に絵を描くように頼み込んだ。

だが息子は言われたままのお題を描くことが出来ない。

「ほれ、殿様がおっしゃってるんだから描けよな。梅からうぐいすがケキョケキョって飛び立つところだってよ。なあ、頼むからさあ」

息子は首を振り、鴨が寂しく水面を泳ぐ絵を描いた。殿様からの使いは二度と来なかった。おとがめはなかったが、父親はそっとため息をついた。

「どうしてそういう鳥しか描かないんだい? もっと派手な、ホウオウとか、クジャクとか描けば、大金で売れるものを」

「そんなに言うもんじゃないよ。数がまとまったら、こっそり頼んで江戸で売ってきてもらおう。さあ、雀でも鴨でも好きなもの描きなさいな」

両親の言葉には無関心のように好きな絵だけを描き続ける息子。身体が弱いから無理強いもできない。放っておくことにした。

ある日、子供はついに患いついた。

床に寝たままになり、筆も取ることが出来ず、今夜が山か、といった時のことだ。

子供は父親に震える手で(今まで描いてきた鳥の絵を持ってくるよう〉と指示した。

「持ってきてどうするんだい」

息子は半身を支えられ起きると、絵の束を両手に持った。


「これは三里先の田んぼで撃った烏」


突然、はっきりとした口調で喋り始めた。

「喋れるのか!」

息子は一枚、一枚、絵を脇に置いては説明を始めた。


「これはどこそこで殺めた雀」

「これはどこそこで撃った雉」


「お前、そいつは……!」顔面から血の気のうせた猟師は絶句する。

「お前さん、思い当たるのかい?」女房が慌てて尋ねる。

「思い当たるも何も、ああ、そうだ、その通りだ……その鴨は」


「これは隣村の池で撃った鴨」


「その通りだ。……俺が殺した!」

父親はいちいち思い当たった。息子は説明し続けた。

最後の一枚を説明すると、子供はぱたりと倒れ、そのまま死んでしまった。


「……!」

老僧の語る薄気味悪い話に、かねて鈍感な茂吉もさすがに震えあがり、すがる様に老僧を見る。応じるように老僧も茂吉を凝視する。

落ち窪んだ眼窩がんかの奥の瞳がらんらんと輝き、その光に捉えられたように茂吉は動けない。

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その二 鳥殺しの話

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