ホーム 『江國香織を読む』福田和也 第三回 『「ごっこ」の世界に生きる母と娘』 Page 2

――かならず戻ってくる。

あの暑い九月の午後、あのひとはそう言った。

――かならず戻ってくる。そうして俺はかならず葉子ちゃんを探しだす。どこにいても。

――どこにいても?

あのとき私は笑ったものだった。

――私はどこにもいかないわ。あなたが来てくれるまでここで待ってる。一歩も動かない。

私はあのひとのいない場所にはなじむわけにいかないのだ。そこは私のいる場所ではないから。

佐倉は穏やかそうな土地だった。たまたまお店でその街の話がでて、まほちゃん――新築建売住宅のチラシでみたのだそうだ――が便利なところらしいと言ったので、下見にいって決めてしまった。大きなピアノ教室もあり、講師の募集をしていたのも都合がよかった。

もう一度今度は草子と一緒に下見にいって、住む場所を探してこようと思っている。

――どうしてそんな約束をしたの?

もう十年も前、母はほとんど泣きそうな顔で言った。

――まさかあなた、そんな約束を本気で守るつもりじゃないんでしょう?

この一節に、作家は、堂々と矛盾を、あるいは齟齬そごを滑り込ませている。

それに気づいていないのか、当たり前のように。

白昼堂々、「私はどこにもいかないわ。あなたが来てくれるまでここで待ってる。一歩も動かない。」そう語った舌の根も乾かないうちに彼女は、こう語るのだ。「私はあのひとのいない場所にはなじむわけにいかないのだ。そこは私のいる場所ではないから」

この台詞、つまり「どこにもいかない」と「なじむわけにいかない」という二つの確信こそが、この小説の骨格をなしている。勤勉に職場を探し、生活を維持し、娘を育て、そうして次から次へと、住処を移していく。抜きんでた精励によって維持されつづけてきた、「どこにもいかない」と「なじむわけにはいかない」の両立。

けれども、より肝心なのは、このバランスを維持しているのが、母と娘の黙契であるという事だ。母親が語る「パパ」の話に、真剣に耳を傾け、その存在と魅力を、母親が語る通り信じ込み、むしろ、母よりも強い敬意を、期待を「パパ」に対して抱いてしまう、抱かないわけにはいかない。そこに、幼い娘であるからこその、迎合があり、打算とはいわないまでも、何ものかを、そう、時に恐ろしくもある何事かを、器用にやり過ごすための手立てが、そこには既にはりめぐらされているのだ。

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「江國香織を読む」福田和也
第三回「ごっこ」の世界に生きる母と娘

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