ホーム 『江國香織を読む』福田和也 第二回 『女流作家の宿命』 Page 6

睦月と笑子の生き方が変則的であればあるほど、母親ははりきって、何とかうわべだけでも、糊塗しようとしている。

けれども父親は、息子夫婦の選択を認め、なんら反対をせず、好きなようにさせている。彼らが作った、作ったと思い込んでいる愛の形を、奇抜な彫刻を眺めるように、注意深く、丹念に観察し、その消長を測るとも測らぬともなく算えている、というような。

けれども忘れてはならないのは、この、いかにも大人というべき父親を造形したのは、まったくもって笑子によく似た、この作者であるという事だ。

「放して。もう平気よ」

たまらなかったのは睦月と寝られないことじゃなく、平然とこんなにやさしくできる睦月。水を抱く気持ちっていうのはセックスのない淋しさじゃなく、それをお互いにコンプレックスにして気を使いあっていることの窮屈。

『家庭画報』だったか、『婦人画報』だったか、人生相談の欄に、結婚した相手、つまり夫が同性愛者だった、という相談が掲載されていた。銀座のサンモトヤマのビルの地下にあるクリニックの待合室で、その記事を確かに読んだ記憶がある。『きらきらひかる』が上梓され、評判を呼んだ時、私はその記事が元ネタだと思い、人生相談から小説を作るなんて古風な作家さんだな、と思った。

それからまた、かなりたってから、江國さんにその話をしたが、人生相談なんて読んだ事はない、と笑われた。

Highslide JS Highslide JS

前のページ

目次へ

「江國香織を読む」福田和也
第二回「女流作家の宿命」

目次  1   2   3   4   5   6