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何か事があれば、ごく、容易に、その関係は壊れてしまうだろう、という予感から、この共犯関係――いささか公序良俗を損なっている態ではあるが――は、かなり強力なものになっている。

その基盤の強さは、双方が共有している利害だけが、作りだしたものではない。

もちろん相互的な便宜の供与が、生活を成り立たせているが、おおかたの夫婦やカップルも、互いにとって「都合のいい」存在である事が、関係の強靱さをもたらす要素である事は間違いないだろう。

とはいえ、その出発点に、ある感情が、フィジカルな接触がなければ、関係の深化、持続は難しい。

けれども、笑子と睦月の関係は、あらかじめ、その繋がりを――接触を――免れている、欠いている、その地点から出発しなければならない。

接触の拒否は、主に同性愛者である睦月の側にあるのだが、接触の欠如について笑子が、さほど悩んでいるようには思えない。

ここに、作家の、天才的とも云うべき資質が顕れている。

打算でしかありえなかったはずの関係のなかにこそ、真の情愛が存在し得る、と信じ込ませる事が出来るのだ。

しかも、その情愛は、形を、輪郭をもたない、黙契だけで成立している、成立しているようにしか見えないものなのだ。

その、黙契の厳しさは、睦月の側ではなく、笑子の側にこそ、より多くの重量が、かけられているように見えてしまう。

その様相は、笑子の、抜き差しならない、飲酒への傾きが、雄弁に示している。

それは、ただ量としての大きさだけではない、より宿命的な、抜き差しならないもののように見えるのだ。

平仮名が頻用されている文章は、笑子の酩酊を表象しているように、形なく、捉えがたいものにみえる、うつる。

酩酊は、ときに昂進し、歯止めを乗り越えてしまう――そこに歯止めがあれば、という事なのだけれど。

私はグラスに氷をいれ、ウォッカをどぼどぼっとついで、カルーアをまぜた。この、とろっと黒い液体は、まるで毒薬みたいで今の気分にぴったりだ。睦月の本箱から詩集を一冊ぬきとって、ぱらぱらと読む。少しもおもしろくない。

「紺くんの話をして」

台所にむかってどなると少し間をおいて、どんな話、という声がかえってきた。

「紺くんとセックスするときの話」

睦月はこたえない。

「紺くんとセックスするときの話をして」

私がもう一度どなると、睦月はたまじゃくしを持ったままやってきて、ぼそっと、

「機嫌が悪いんだね」

と言った。

「紺くんとセックス――」

わかったから、と言って苦笑し、睦月はまじめに考えこむ顔をした。ええと、ね。

「ええと、紺はね、紺の背中は背骨がまっすぐで,コーラの匂いがするんだ」

私は睦月の横顔をじっとみつめた。

「一年じゅう日に灼けていて、腰が細くて、腰もやっぱりコーラの匂いなんだ」

コーラの匂い。

おしまい、とつぶやくみたいに言うと,私が文句を言うよりはやく、睦月はシチューを煮込みに台所へ行ってしまった。

食事はあっというまにおわった。二人ともほとんどしゃべらなかったからだ。

睦月のパートナーである、紺についてしつこく問いただす笑子。

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