ホーム 『村上春樹2011』福田和也 第三回 『国境の南、太陽の西』 Page 6

頻繁に来る。ずっと来ない。こうした客の波は、バーや、クラブにとって宿命的なものだ。客は来たければ来るし、気がむかなければ来ない。この構造は一方的なものである。島本さんは、いつでも来たい時に訪れる事が出来るが、「」はただ待つだけだ。ここでも、二人の非対称性が強調されていると共に、この作品にとって、バーがどれだけ本質的な場所であるのか、を示してもいる。

同時に特徴的なのは、僕に友だちがいないことだ。『風の歌を聴け』の話者には、鼠がいたし、『ノルウェイの森』にはキヅキや永沢さんがいた。『ダンス・ダンス・ダンス』だって五反田君がいたのだ。

けれど『国境』の話者には、同級生はいても、友人はいない。まるで彼は人生の一人っ子のようだ。妻がいて、娘が二人いて、頼りになる義理の父親がいる(みずからの両親はほとんど顔を見せない)のに、ずっと一人っ子なのだ。

島本さんとの再会は、彼が一人っ子であることを再認識させた。そして、彼女の都合による非対称的な不在は、「」をだんだんと絞めあげていく。

「それから秋がやってきた。秋がやってきたときには、僕の心はもうほとんど定まっていた。こんな生活をこのままずっと続けていくことはできない、と僕は思った。それが僕の最終的な結論だった」

その「結論」は具体的には妻への憤怒として現れる。

子供を幼稚園に送り、プールで二千メートル泳ぎ、ウェイトリフティングをした後、有紀子と昼食をとる。そこで妻が、父から電話があり、絶対上がる株だから、買えと言われたという。さしあたり八百万買ったのだけれど……

」は、買った株を全部売るように有紀子に命じる。

それでは売買の手数料で損になるじゃないのという妻を圧伏する。

ねえ有紀子、正直言って僕はこういうのがだんだん嫌になってきたんだ

」は勝手な事を言う。

「株で金なんか儲けたくない。僕は自分で働いて、自分のこの手で金を作る。僕はこれまでずっとそれでうまくやってきただろう。金のことではこれまでのところ君に決して不自由はさせてはいないはずだよ。違うか?」

賢明な有紀子は、あなたが最初の店を出す時、うちのパパから物件を用意してもらった上に、銀行融資も施行業者も、紹介してもらったじゃない、などとは云わない。

「もし心に思っていることがあるんだったら、私に正直に言ってくれない。べつに言いにくいことでもいいわよ(中略)私はたしかにそんなに大した人間じゃないし、世間のことだって経営のことだってよくはわからないけれど、とにかく私はあなたに不幸になってほしくないの」

有紀子の父親に出資して貰ったバーで、「」は島本さんを待ち続けている、その引け目が」の胃をせりあげる。

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「村上春樹2011」福田和也
第三回「国境の南、太陽の西」

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