ホーム 『村上春樹2011』福田和也 第三回 『国境の南、太陽の西』 Page 4

大学を卒業した後、「」は教科書を編集し出版する会社に就職する。何人かの女性とつきあった後、三十で結婚した。妻となった有紀子は、「どちらかといえば平凡な顔だち」だったけれど、「理不尽なくらいに激しく引かれ」るような何かを持っており、「自分のためのもの」と思う事が出来る女性だった。

建設会社を経営している有紀子の父に、「」は会社を辞めて商売をやらないか、と誘われ、青山でバーをやることにした。

「結局僕はそのビルの地下でジャズを流す、上品なバーを始めることにした。僕は学生時代にそういう店でアルバイトをずっとやっていたから、経営のおおよそのノウハウは呑み込んでいた。どんな酒や食事を出して、客層をどのあたりに絞ればいいのか、どのような音楽を流せばいいのか、どのような内装にすればいいのか、だいたいのイメージは頭の中にあった」

店は成功し、もう一軒の店を出す。

そして、島本さんがやってくる。バーカウンターに坐って「」に視線を走らせ、煙草に火をつけ、そして長い不在について話をする。

「でもそれは幻ではなかった。店に戻ったとき、島本さんの座っていた席にはまだグラスと灰皿が残っていた。灰皿の中には口紅のついた吸殻が、そっと消されたかたちのままで何本か入っていた。僕はその隣に腰を下ろして、目を閉じた。音楽の響きが少しずつ遠のいて、僕は一人になった」

そして死のゲームが再開される。

 三ヶ月の間を置いて、島本さんは再びバー『ロビンズ・ネスト』にやってきた。「」に、なんでここのカクテルはおいしいのか、経営方針はどうなっているのか、と訊ねる。

」は会社勤めの経験、「ほとんど無駄な八年」があったからこそ、店が上手く行ったのだ、と語る。

「僕は今の仕事が好きだよ。僕は今二軒の店を持っている。でもそれはときどき、僕が自分の頭の中に作りだした架空の場所にすぎないように思えることがある。それはつまり空中庭園みたいなものなんだ。僕はそこに花を植えたり、噴水を作ったりしている。とても精妙に、とてもリアルにそれを作っている。そこに人々がやってきて、酒を飲んで、音楽を聴いて、話をして、そして帰っていく。どうして毎晩毎晩多くの人が高い金を払ってわざわざここに酒を飲みに来ると思う? それは誰もがみんな、多かれ少なかれ架空の場所を求めているからなんだよ。精妙に作られて空中に浮かんだように見える人工庭園を見るために、その風景の中に自分も入り込むために、彼らはここにやってくるんだよ」

『ダンス・ダンス・ダンス』を思い起こさせるような「高度資本主義」談義である。とはいえ、「」は、経営者なのだ。『ダンス・ダンス・ダンス』のライターではない。彼は銀行から融資を受け、従業員を雇用し、メニューや内装、ミュージッシャンやスタッフの質を間断なくチェックする、その責任を負った大人なのだ。村上春樹の小説には、あまたのバーとバーテンダーが出てくるが、ここまで経営者然とした、大人は登場したことがない。であるから、彼の論議は、ある種の韜晦 (とうかい)としての性格も帯びている。この現実に対する距離感は、作家本人の素顔に近いのではないか。

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「村上春樹2011」福田和也
第三回「国境の南、太陽の西」

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