ホーム 『村上春樹2011』福田和也 第二回 『ノルウェイの森』 Page 4

だったら寝なければいいのに、と思うところだが――というより、心底、相手の女性にたいして失礼なのだけれど――、祝福されたドン・ファンとしては、そうせざるを得ないのだ。そういう背徳の印が、足の裏かどこかに捺されているのだから仕方がない。召命なのだから。

女性への軽蔑、ミソジニーは、ワタナべの漁色のアリバイの如きものになっている。その嫌悪の表明は、あまりに率直で、惨いものだが、また、他者にたいする嫌悪感――うんざり、という感じ――をさまざまな保留をめぐらしながら率直に表明する事は、なかなかに勇気が必要だ、というのも事実ではある。

寮の先輩、永沢の案内で、ワタナべはガールハントに繰り出す。指導は完璧で、ほとんど獲物を取り逃がす事はない。狩猟をたっぷりと堪能した後に、ワタナべは (うそぶ)いてみせる。

「僕自身は知らない女の子と寝るのはそれほど好きではなかった。性欲を処理する方法としては気楽だったし、女の子と抱きあったり体をさわりあったりしていること自体は楽しかった。僕が嫌なのは朝の別れ際だった。目がさめるととなりに知らない女の子がぐうぐう寝ていて、部屋中に酒の匂いがして、ベッドも照明もカーテンも何もかもがラブ・ホテル特有のけばけばしいもので、僕の頭は二日酔いでぼんやりしている。やがて女の子が目を覚まして、もそもそと下着を探しまわる。そしてストッキングをはきながら『ねえ、昨夜 (ゆうべ)ちゃんとアレつけてくれた? 私ばっちり危い日だったんだから』と言う。そして鏡に向って頭が痛いだの化粧がうまくのらないだのとぶつぶつ文句を言いながら、口紅を塗ったりまつ毛をつけたりする。そういうのが僕は嫌だった」

清々しいほどの身勝手さ。

話者は、身勝手さを正直に表明しているという点では誠実ではあるだろう。その通り、ガールハントというのはそういうものだ。とはいえ女性が下着を探している傍らで、自分もブリーフだか、トランクスだかを探したり、いい加減にちり紙を撒き散らしたり、尻を掻いたりしているのではないのか。

もともと男にとっても、女にとっても、性そのものがみっともないものであり、みっともないにも関わらず必要な営みであるから、快楽は惨めさ、貧しさ、見窄らしさで裏打ちされてしまう。貧しさが込み入った路地をすみずみまで巡り通り抜けなければ、真実に豪勢なものも、気高い者にも出会えないのではないか。

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「村上春樹2011」福田和也
第二回「ノルウェイの森」

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