ホーム 『村上春樹2011』福田和也 第二回 『ノルウェイの森』 Page 2

公開された二時間十五分のバージョン(というのも、三時間のものと二時間半のものも合わせて三つのバージョンがあるらしい)は、主人公であるワタナべ君がいろんな女性と片端から寝るのに忙しいだけ、というように見えてしまう(すでに八人か九人の女の子と寝たと告白したワタナべに、レイコさんは「あなたまだ二十歳になってないでしょ? いったいどういう生活してんのよ、それ?」と云う。しかも、そのレイコさんでさえ、結局はワタナべと寝るのだ。トラン監督は、そのシーンをきちんと撮っている、きちんと)。その点からすれば、孫悟空 (そんごくう)の頭を絞めあげる金輪のようなビートルズの『ノルウェイの森』の旋律は、ワタナべ君にとっては、ドン・ファンを死の世界に連れ去ろうとする石像とも考えられる。

いや、そんな事はないのかも知れない。ルフトハンザのキャビン・アテンダントに少しばかり気遣ってもらえば、じきに回復する事ができるのだから

あなたがもし直子の死に対して何か痛みのようなものを感じるのなら、あなたはその痛みを残りの人生をとおしてずっと感じつづけなさい。そしてもし学べるものなら、そこから何かを学びなさい。でもそれとは別に緑さんと二人で幸せになりなさい。あなたの痛みは緑さんとは関係ないものなのよ。これ以上彼女を傷つけたりしたら、もうとりかえしのつかないことになるわよ。だから辛いだろうけれど強くなりなさい。もっと成長して大人になりなさい

とレイコは云ってくれる。石像による報いどころか、いよいよ漁色への挺身を勧めているようだ。

レイコの役割は、明確だ。

彼女は、みずから望んでワタナべの女性たちのリストに組み入れられ、それによりワタナべの行為を肯定しているのだ。「それとは別に」が、凄い。このそそのかしは、ワタナべにとって福音であり、救済でもある。

緑を大事にしなさい、「二人で幸せになりなさい」と云い、「辛いだろうけれど」とまで云って甘やかす。

キルケゴールは、ドン・ファンの漁色の彼方に、もっとも無垢 (むく)で信心深い魂を観ようとした。

けれど、病床にある緑の父親にたいして、エウリピデスについて語ったワタナべは、セイレンの誘いによって、はじめから免罪されている。ギターでビートルズのヒットチューンをつま弾くレイコという名のセイレン。彼女ならば、ごくごく簡単に誘惑に従う事が最良の選択である事を若者に信じさせられる事ができるだろう。その点で、レイコの存在は、小説の核心をなしていると云ってよい。

直子と緑という一対の背後に隠れながら、ワタナべの背徳を許し、さらなる遍歴へと誘う事において、話者による物語の進行によって決定的な役割を果たしているし、この作品を罰せざるドン・ファン奇譚として読むとすれば、作家の作りだした、もっとも強力かつ有効な登場人物は、レイコという事になるだろう、なってしまう。

Highslide JS

前のページ

次のページ

「村上春樹2011」福田和也
第二回「ノルウェイの森」

目次  1   2   3   4   5   6   7