ホーム 『村上春樹2011』福田和也 第一回 『ダンス・ダンス・ダンス』 Page 7

「どうしてキキを殺したの?」

長い告白めいた語りの後に僕は、温くなったビールを呑み干し、もう一杯呑もうと、五反田君に提案する。

ラッシュアワーの秋葉原駅のように混雑した店内で、ティファニーランプの下で、二人は、もう一杯ずつビールを呑む。

「忘れよう」と、僕は云う。キキ殺害の一件。

「僕に忘れられるだろうか?」、そう問いかける五反田君をハワイに誘う。

「何もかも放り出すんだよ。僕と一緒にハワイに行こう。ビーチに毎日寝転んで、ピナ・コラーダを飲もう。あそこはいいところだよ。何も考えないでいい。朝から酒を飲んで、泳いで、二人で女の子を買おう。ムスタングを借りて、ドアーズでも、スライ&ザ・ファミリー・ストーンでも、ビーチ・ボーイズでも何でもいいから聴きながら一五〇キロ出してドライブしよう。気持ちが解放される。もし何かを真剣に考えたいのなら、そのあとで改めて考えるんだな」

「悪くないな」と応じた五反田君は、ハワイで遊ぶ計画に相槌をうった後、最後に問う。

「ねえ、君は僕がキキを殺したことを本当に忘れられるのか?」

この問いかけが深刻なのは、五反田君が学生運動で逮捕された際、自分が沈黙を守ったというのは虚偽であり、じつはすぐに喋って釈放されたという告白を伴っているからだ。「怖かったからじゃない。自分を傷つけたかったからだ。自分を貶めたかったからだ」

だが、「僕」は「そんなことはない」と応じてしまう。

レインハットを握った五反田君は、もう一杯ビールを呑みたいと頼み、「僕」は応じる。

カウンターに並んでいる間に、五反田君は姿を消す。

控えめに云って、この場面の造形は素晴らしい。あらゆる道義の相対化が行われていく空間と時間--高度資本主義に責任転嫁された倒錯--の、おぞましさ、もっとも本質的で深淵であるべき会話が、麦酒のゲップとアンチョビの塩とチーズの脂の匂いに (あぶ)られている。それこそ、煉獄 (れんごく)とも云うべきだ。

はたして、私はシェーキーズで、五反田君とすれ違いはしなかったのか……。

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「村上春樹2011」福田和也
第一回「ダンス・ダンス・ダンス」

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