ホーム 『日本全国津々うりゃうりゃ』宮田珠己 第三回 『名古屋(三)』 Page 5

高蔵寺駅は寂しいところだった。

いくつものバス停がターミナル駅並にならんでいたが、周囲に店は少なく、人影もまばらである。同じ日本の代表的ニュータウンとして並び称される東京の多摩センターや大阪の千里中央とは比ぶべくもない。ニュータウン内を電車が貫通しておらずバスで移動するしかないという不遇さもあるけれど、都心から高蔵寺にいたるまでの風景そのものが、すでに他の2都とは違っていた。ゆとりーとラインから見た景色はやたらスカスカして、よくいえば広々として、その間もぎっしりと建物で埋め尽くされている東京大阪とは寂しさに格段の差があったのである。

本当はさらにバスを乗り換えて高蔵寺ニュータウンの奥深く分け入り、東京大阪のニュータウンと比較することで名古屋の真実に迫ろうと考えていたわたしだったが、駅前を見た瞬間からやる気が萎んで、名古屋の真実はもう"珍妙"のひとことで決着ってことでいいのではないか、それよりすぐそばを流れる庄内川へ行って石でも拾いたい、そんな気分になっていた。

どこであれ旅先で石を拾いたくなるのは、わたしの癖なのである。

庄内川は、名古屋という大都市の市内を流れていながら、意外にも石拾いにはうってつけの川だ。というのも、上流では土岐川と呼ばれ、この土岐川は水石の産地として有名であるうえ、メノウや珪化木も採れるのである。庄内川にも何かいいものが流れてきていないとも限らない。

そういうわけでまたしてもテレメンテイコ女史のノートパソコンで、河原に下りられる場所を検索し、隣駅の神領付近で下りられそうだったので、一駅電車で移動して河原に出、1時間ばかり石を拾った。

当初名古屋まで来て何をやらせるのかといった表情だったテレメンテイコ女史だったが、そのうちに姿が見えなくなり、やがて気がつくとかわいい石をたくさん抱えて姿を現わしたかと思うと、これしかないという石に出会った、それがこれです、とうっすらとハチミツ色をした飴玉のような小石をなかから取り出してみせ、すっかりご満悦の様子だったのである。このように、何人であろうと一度河原にしゃがみこめば、ついつい我を忘れて没入してしまうのが石拾いの魔力なのだ。

わたしも、いくつかの素晴らしい収穫があって、そのひとつは〈断崖絶壁の孤島〉石である。その名の通り、断崖絶壁に囲まれた孤島のような形の白い石で、そう聞くとゴツゴツした荒い石のようだが、これが意外にも手の平にのせて愛玩したいと思わせるまとまりと、クリーミーでまろやかな質感を持っていて、何であれ地形に似たものが好きなわたしは大変気に入ったのであった。

庄内川石
見るからに断崖絶壁の孤島(問答無用)

このあたり、もう読者にはさっぱりどうでもいい情報かと思うが、構わず続けると、さらに気を惹いたのは、形は普通だが、その表面に現れた紋様が、まるでアマゾン源流部の湿原を上空から撮影したかのような写実的な石で、思わず〈パンタナル〉と銘打って、末代まで賞玩することにした。

名古屋で拾ったのに全然縁もゆかりもない南アメリカのパンタナルの名をつけるのは、台湾ラーメンアメリカンの例にならったのである。

こうしてさんざん石拾いを楽しんだ後、旅の最後に、テレメンテイコ女史に、名古屋で一番印象に残ったのは何でしたか、と尋ねてみると、

「桃厳寺の屏風ですね」

と答え、それも名古屋とは関係なくて、中国のお土産なのであった。

参考文献
 『巨大仏!』中野俊成著 河出書房新社
 『東海珍名所九十九ヶ所巡り』大竹敏之著 中部経済新聞社
 『此処 彼処』川上弘美著 日本経済新聞社

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「日本全国津々うりゃうりゃ」宮田珠己
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