ホーム 『日本全国津々うりゃうりゃ』宮田珠己 第三回 『名古屋(三)』 Page 4

思うにその特性こそ、珍妙なものへの偏愛ではあるまいか。

シュールレアリスムも、珍妙なものへの偏愛も、人々がそれまでの文化のノリと予定調和に飽き飽きしていたところに登場し、瞬く間に人々を魅了し、世界を席巻するかに見えてギリギリ席巻しなかった。あるいは部分的に席巻した。

布袋大仏も生まれは昭和29年で、その登場はこのたびの珍妙レアリスムの席巻より40年余りも早かったが、20世紀の終わるギリギリ前になって再発見され、五色園や桃太郎神社らとともに、名古屋を日本屈指の珍妙都市として評価させる機運を生じせしめたのである。

思えば、名古屋の珍妙さは、食べ物の分野ではとうに知られていたことだった。味噌煮込みうどん、あんかけスパ、小倉トースト、喫茶店のモーニングなどなど、すでにそこには珍妙レアリスムの片鱗が垣間見えていたのである。

われわれが昨夜食べたテレメンテイコ女史垂涎の台湾ラーメンも、珍妙といえば珍妙だった。

というのも、わたしは激辛の台湾ラーメンはちょっと食べられないかもと思い、マイルドなやつを注文したのだが、その名が台湾ラーメンアメリカンというのだ。薄味だからアメリカンて、台湾なのかアメリカなのかはっきりしろよ、という話だが、驚くのは、根本の台湾ラーメンにしてからが、名古屋で生まれた生粋のご当地ものだという点で、おお、それじゃあ何か、台湾ラーメンアメリカンに台湾とアメリカの成分は1%も入っていないのか、ふざけてはいけない。と呆れていたら、他にベトコンラーメンというご当地ラーメンもあると知らせてくれた人があり、名古屋の食べ物はネーミングの段階ですでに、人間の理解を超えた深海生まれの化学合成生物のような存在なのだった。

シロノワール
珈琲店で食った合成食物。
パンの上に巨大クリームがのっている。
とても甘い

というわけで食の世界ではとうに全国的に知られていた名古屋の珍妙さだが、どういうわけか観光スポット面では十分に知られていなかった。現時点でも、一部のマニアを除き、多くの人が知らないままではないだろうか。

惜しい話だ。

なぜ名古屋はそれを大々的に打ち出さないのか。

食だけじゃない、そこらじゅう珍妙だよ、20世紀末から21世紀にかけての時代の文化的特性が花開いている都市だよ、となぜ広報しないのか。いつまでもシャチホコや信長家康に頼るより、珍妙のひとことでくくってしまえば、イメージは一気にクリアになり、名古屋はいよいよその本性を露にして、歴史の中に着実な地歩を固めることができるのではあるまいか。早くからそうしていれば、わたしに印象薄い都市とか言われなくて済んだのではなかったか。

とかそんなことを考えているうちに、ゆとりーとラインはすっかり地上に降りて単なる路線バスの正体を現し、やがて終点の高蔵寺駅に到着した。

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