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第三回「名古屋(三)」

翌日は、布袋大仏を見に行くことにした。

この布袋大仏こそは、五色園とともに、わたしに名古屋行きを決心させた2大スポットのひとつである。

だが、布袋大仏を見に行くにあたっては、ひとつ気になることがあった。

テレメンテイコ女史である。

というのも、女史は、七福神が苦手なのだ。

んあ、なんだって、七福神が苦手?

そんな苦手は聞いたことがない。

それでも女史は、あんなに怖いものはない、小学生のとき、国語辞典の挿絵で見て以来、夜な夜な七福神が枕元に現れるようになり、どこかに連れ去られるんじゃないかという気がして眠れなくなったと主張する。

「七福神のいったいどこが怖いというんです?」

と訊くと、

「笑っているのが怖いんです」

との答え。

そう言われた瞬間、わたしは子供の頃に見たある夢を思い出した。

それは自分の家の玄関の靴箱の上に、アメリカの太った農夫の人形が置いてあるという夢だった。アメリカの農夫は、どの家にも必ずあって、片付けることはできない。そしてもし朝起きたときに見て、人形が笑っていた場合、その家は地面からもぎ取られて、雲の上に運ばれ、そのまま永遠に空をさ迷わなければならない。その家に住む一家は、二度と地上に降りてこられないのだ。

その夢は強烈なインパクトをもってわたしの記憶に植えつけられた。恐ろしい夢だった。

なるほどそういうことか。

アメリカの農夫と、七福神には通じるものがある。

どちらも外国人で、太っており、虚ろに笑うのである。

わたしはテレメンテイコ女史の恐怖を理解した。虚ろな笑いは、怒りよりも恐ろしい。そして、七福神のなかでもとりわけ虚ろに笑っているのが布袋なのだった。

布袋はなぜあれほど虚ろに笑っているのだろうか。その表情とは裏腹に、そこにはまるで感情というものが感じられない。

布袋が虚ろに笑う理由──考えられるものを、以下に列挙してみる。

  • 本来は西方の神なので、内心日本人を見下しているものの、それを顔に出さないように努力している
  • 人生の虚無を笑いでごまかしている
  • あるいは人生笑うしかないと開き直っている
  • 腹いっぱいで、笑うのが苦しい
  • 営業

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