ホーム 『日本全国津々うりゃうりゃ』宮田珠己 第一回 『名古屋(一)』 Page 4

テレメンテイコ女史が、境内を散策しながら、

「ここは日本じゃないみたいですね」

という。

桃厳寺には、日本情緒もあるけれども、それだけには留まらないエスニックな味わいがあったのだ。大仏が象に囲まれていることももちろんあるが、山門が砂岩のブロックを積んで瓦屋根を載せた石造建築であること、各所に見られる彫像やレリーフのモチーフがインド的だったりアフリカ風だったりすることなどによって、それらの総体が国籍不明な景観を醸し出しているのである。それでいて、全体としてはやっぱり日本情緒でまとまっているところがまた落ち着く。

そんなわけで、当初は名古屋大仏だけを目的にやってきたわれわれだったが、いつしか寺全体の雰囲気の虜になっていた。

ご住職がおられたので話しかけてみると、気さくな物腰で、あれこれ教えてくださった。なぜ大仏を緑に塗ったのか、と尋ねると、使える色のなかで一番好きな色だったから、との答え。以前は黒っぽくて好きじゃなかった、今回は明るくなって気に入っているとのこと。つまるところあの次元の裂け目のような彩色は、単なる趣味なのだった。

頼んで本堂にあげてもらい、直径1メートルの巨大木魚や、さらに奥の辯才殿も拝観する。上半身を露出したねむり辯天尊像、さまざまなリンガ(男根)の木彫や、屋上のラマ仏などに順次見入りつつ、また本堂に戻ってきたところで、われわれは本堂の片隅に立ててあった、黒い木の屏風に目を留め、立ち止まった。

それは川辺(あるいは湖畔)に佇む楼閣と庭を描いた中国の屏風で、その風景になぜか魅せられたのだ。その屏風は展示品というよりただ置いてあるという風情で、おそらく寺のほうでも積極的にPRしようと考えているものではないようだった。

描かれているのも一般的なモチーフと思われ、とりたてて凄い絵画というわけではない。女や童子たちが戯れる川辺の楼閣に向かって、一艘の小舟が流れを渡って漕ぎ寄せている。小舟には、蓮の花を手にした若い男が乗って、女たちのもとへ急いでいた。

しかし、黒い板に赤白、茶、金、グレーなどで彩色されたその風景には、わたしの心に沁みる何かがあった。女の園へ向かう男に感情移入したこともあるのかもしれないが、テレメンテイコ女史も女でありながら魅せられていたから、きっとそれだけではない魅力がそこにはあったのだ。

いったい何にワクワクするのだろうと考えてみたが、はっきりとはわからない。下のほうに描かれていた芭蕉が、わたしの異国趣味を大いにそそったし、テレメンテイコ女史は、有名な中国の風景画『清明上河図』を思い出すと言った。とにかくそういった異国のパノラマが、なぜかはわからぬが、たまたま東京から訪れたふたりの訪問者の胸を同時に打ったのである。

しばらくうやうやしく見入ったあと、住職に、これは何の物語を描いたものなんでしょうか、と尋ねたところ、知らん、と明るく答えて、30年前に中国に行ったときに見つけて、当時は安かったから買ってきた、といって、屏風の正体はお土産なのであった。見るべき寺宝数あるなかで、事もあろうにわれわれは、お土産に多大な感銘を受けたわけだ。

何度も言うように、旅においては自分の目で、自分の価値観で、ものを見、その場所を味わわなければならない。

そうして自分の目で見た結果、われわれは、名古屋の中心で、次元の裂け目と中国のお土産を発見したのだった。

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大仏を描こうとしたが顔が難しかったので山門にした。
山門には顔がないから描きやすい。

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屏風全体を描こうとしたが、複雑なのであきらめた
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木はうまくいったが、石は失敗した

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第一回「名古屋(一)」

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