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旅に出るとき、人は、自分がその地において本当に見たいものが何なのか、よく考える必要がある。有名な観光地だからといって、無闇に出かけて時間と金を無駄にすることはない。せっかく名古屋に行くのだからシャチホコは押さえようなどと考えてしまったら、シャチホコの思う壺である。シャチホコはそこにつけこんで私腹を肥やし、いずれは国会議事堂や平等院鳳凰堂に取り付こうと狙っている。

気をつけるべきは、シャチホコだけではない。わたしは旅先で、以下の3つの見どころだけはうっかり見にいかないよう気をつけている。すなわち、

武家屋敷、タワー、縄文遺跡、

の3つである。

武家屋敷はとどのつまり屋敷だし、タワーなんて登って降りてなんですか。縄文遺跡はさらにおおいに問題がある。縄文遺跡の見どころはどこなのか。単なる穴ぼこと、大きなタワシみたいなものしかない。タワシ内部に潜れることもあるが、中にあるのはなんと地面(!)なのである。地面と石ころとときどき木の棒、そして見どころはどこにも見当たらない。

そういうことだから旅先で本当に見たいのものは何なのか、個人個人でよくよく考えて対処する必要がある。

雄大な自然が見たいのか、由緒ある名所旧跡なのか、情緒ある下町なのか。

わたしは、大仏である。いい大仏は適宜、押さえたい。

案外知られていないが、日本には数え切れないほど大量の大仏があって、一部には羊の数より多いという人もある。

名古屋にももちろん複数あり、そんななかでも名古屋大仏は、周囲とのそぐわなさという点において比類なき逸品と噂される。なのでまずそれを見に行こうと思う。

わたしはテレメンテイコ女史と連れ立って、名古屋駅から地下鉄に乗って本山駅で下り、名古屋大仏のある桃厳寺へ向かった。

テレメンテイコ女史は本連載の編集者兼旅のコーディネーターである。ノートパソコンを駆使し、瞬時に目的地までの最短コースや交通機関の発車時間を調べてくれるので、大変心強い。

テレメンテイコというのは、もちろんテキトーに私がつけた仮の名で、聞けば、好きなものは中国文学と京劇、嫌いな食べ物はあんかけだそうで、名古屋に来るにあたっては、あんかけスパだけは絶対に食べないと強硬に主張しておられた。さらに言うと、性格は"シールが剥がれかけているのを見るとイライラして癇癪を起こすタイプ"で、怖いものは七福神である。

坂を登ると、桃厳寺はすぐだった。

ふつう周囲の風景とそぐわない大仏が建っているような場所は、珍スポットとかB級スポットなどと呼ばれ、今出来の、つまり由緒や伝統のない比較的新しい施設である場合が多いが、桃厳寺は織田信秀公の菩提寺であり、正徳2年から現在の地に在る由緒正しい寺だ。

そういう由緒正しい寺にあって、異形ともいえる大仏の建立は非常な勇気がいることだったと察せられるが、あるいは先に大仏があって、そのあとから周囲がやってきて、周囲のほうがそぐわなかっただけかもしれない。

まあ、大仏が周囲の風景から浮いているのはおおむね全国的な現象で、驚くにはあたらないけれど、名古屋大仏は、最近緑色に塗り替えられ、ますますそぐわなさが際立った。それも緑青とか青銅といったような情緒ある緑ではなく、緑も緑、直球ど真ん中の絵の具色である。

さっそく見に行ってみると、実態は周囲とそぐうとかそぐわないとかいうレベルの問題ではなく、次元の裂け目のようだった。

眺めていると吸い込まれ、瞬時にして銀河の彼方、馬の首星雲あたりの宇宙空間に放り出されそうな気がする。

大仏の周囲を、同じ緑色の象が取り囲んでいるのも面白い。

ちょうど冬のはじめだったこともあり、境内の真っ赤な紅葉と合わせて見ればクリスマス感が漂い、シーズンが到来したら大仏に赤い帽子を被せて象に引かせてみたい気もした。トナカイならぬ、象ぞりである。

だが、この桃厳寺の魅力は、名古屋大仏だけではなかった。

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