ホーム 『日本全国もっと津々うりゃうりゃ』宮田珠己 第1回 長崎──1. 出島とヒマ Page 5

そうやっていくつかの展示を見ているうち、私は、胸のなかに、ある奇妙な感覚が湧き上がってくることに気がついた。当時の出島はきっとそうだったと思われるリアルな情感──。

それは、退屈、という情感である。

かつてはもう少し広かったとのことだが、それにしたって出島は狭い。こんなところに閉じ込められて暮らしていたオランダ人は、さぞかしヒマを持て余したにちがいない。その、ヒマヒマ~、めっちゃヒマ~、という叫びが、時空を超えて聞こえてきたのである。

船が来ているときはまだいい。が、そうそう頻繁には来ないから、その退屈さたるや監獄の囚人並みだったのではあるまいか。

おお、神よ、何もやることがない。

小さなシアターの出し物にも「退屈な時間」という題目があって、観てみると実に退屈そうで、何の記憶も残らなかった。

「これはもう情欲にでも溺れるしかなかったでしょうね」

私ならきっとそうなるだろう。それよりほかないではないか。

「でも男しかいないんですよ」

テレメンテイコ女史が反論した。

「だから遊女と溺れるんですよ」

遊女と3日遊んだ外科医のオランダ人が、その遊女を自分のものにできないことを嘆いて自殺しようとした事件があったと、記録にもある。3日遊んだだけでそこまで思いつめたのだ。結局、死にきれなかったらしいが、他に何も面白いことがなかった証拠だろう。外科医はその後、どうやって退屈を紛らせたのだろうか。

「男同士でもやったんじゃないですか」

テレメンテイコ女史がにべもなく言った。

その後、展示室にある端末で見た「出島三学者が見た日本」のケンペルのページに、奇妙な日本の絵があって、七福神がこんなだった。

七福神模写
七福神

恵比寿と寿老人と思われる。

「やっぱり七福神怖いですよ」

テレメンテイコ女史がつぶやく。

ある文化に異なる文化が強引に貫入したような場所には、思い違いにより、どこの世界のものとも思えない新しい何かが生まれることがあるが、これこそがそれだった。実に不気味で味わい深い。

「まあ、ケンペルもヒマすぎて、日本の文化でも研究するか、って思ったんでしょうね」

「たしかに、飲む、打つ、買う、に溺れないように時を過ごすには、研究でもやるしかなさそうですね」

われわれはケンペルの事情もよく知らないままに、そういうことで納得した。

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「日本全国もっと津々うりゃうりゃ」宮田珠己
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